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「半ドン」懐かしいですね!!
西条の若様
さん
2010年3月12日(金) 23時1分
初めまして西条の若様と申します。
いつも楽しく拝見しています。
「半ドン」懐かしい言葉ですね。
(年がわかりますが・・・・)
私も、小,中,高校時代に経験したひとりです。
土曜日ともなれば、朝起きるのも苦にならず午後から
休みなのでウキウキした想い出がよみがえります。
なんの違和感もなく使っていた言葉の語源を初めてし
ることができました。ありちうございます。
子供たちにこの話をしてもピンとこないようです。
昨年はインフルエンザの流行で学級閉鎖等が連日
ニースで報道れ授業時間がないと言われています
が、このような時に「半ドン」が復活したらと思
うのは私だけでしょうか???
RE:「半ドン」懐かしいですね!!
かわうそ@暦
さん
2010年3月15日(月) 5時29分
3/12号発行のメールマガジン、日刊☆こよみのページで、半ドンの話を取り上げたところ(実は、2007年に一度書いたものの再掲載記事でしたが)、西条の若様以外の方からも、いろいろな「半ドン」にまつわる思い出話をメールで送って頂きました。
週休二日の制度がだいぶ定着した昨今ですが、休日の時間数は減るにしても、それでも「半ドン」の日のあのウキウキした気分を味わうためなら、半ドンを復活させて欲しいなと、私も思ってしまいます。
西条の若様と同様な思いを持った方は、きっと沢山いらっしゃったのではと思います。
最後に、話の元となった日刊☆こよみのページ 2010/03/12号はこちら。
http://koyomi8.com/cgi/magu/index.php
?date=20100312
興味のある方はご覧ください。
母の祖祖母の年齢は?
西出輝夫
さん
2010年3月3日(水) 16時15分
弘化3年12月10日生はソフトでは1846年だが11月15日が西暦1月1日なので1847年になるのでは?と私、没年1940年昭和15年1月18日で満93歳か?それとも94歳、数え95歳なのか?母は93歳では大いに不満で95歳を主張します。ちなみに現有滅失戸籍謄本では1816年文化13年5月7日生(主に嫁たる女子の生年、戸主の男子、戸主の父は筆頭ゆえか生年不記で不明)までさかのぼれ、ちょっと感動!戸主の父は18世紀の人でベートーベンと同期?
脱線。1847年でしょうか?
RE:母の祖祖母の年齢は?
かわうそ@暦
さん
2010年3月8日(月) 0時1分
HomePage
西出様、今晩は。
私の考えがせ「正解」か否かは保証出来かねますが、参考まで考えを示させて頂きます。
弘化3年12月10日は、
グレゴリオ暦 1847/1/26、
ユリウス暦 1847/1/14、
ヒジュラ遷都暦 1263年サファル月の 8日
と表せますし、コプト暦やマヤ暦ではまた別の日に変換することは出来るでしょうが、地球の裏側の見も知らない暦に変換してわざわざ年齢を数える人がいるとは思えません。
また明治 5年は太陽暦への改暦のために12/2までしか日付がありませんが、12/3以降の誕生日の人は、その年の誕生日が無かったから加齢しないなんてことがあったとも思えません。
明治改暦前後の明治4年、5年、6年はそれぞれの年の日数は大分異なりますが、それでも我々はそうした日数の差はあまり気にせず、1年は1年として扱っているはずです。
一つの社会で共通の暦が使われるとき、それはその社会における約束事の一つです。
年齢の数え方も共通の約束事ですから、使われる共通の暦の範囲で考えるのが普通だと思います。
弘化 3年に生まれた方は、弘化 4年の正月になれば数え年は 1年加算されるでしょう。明治 5年から 6年の間には改暦がありましたが、それでも明治 6年の正月には数え年は一つ加算されていたことでしょう。
そう考えれば、御質問の答えは数え年では95歳でよいのでは。
ねこのしっぽ さん
2010年3月3日(水) 17時27分
HomePage
今日はひな祭り。しかし桃の花にはまだ早いです。なぜなら、本来ですと弥生三日がひな祭りの日ですが今年はそれが4月16日になります。今年は旧正月が遅かったので(立春より10日遅れた)ので平均すると弥生三日は清明から3日目の4月7日頃にあたります。この頃になると桃や桜の時期でしょう。しかし4月7日頃とはあくまでも平均値で分散は大きく(例えば、清明の日は4月5日頃といえ4月4〜6日のあいだの3日間の揺らぎしかないのに対し)、弥生三日に当たる新暦日付は3月23日〜4月22日のあいだの1ヶ月の「揺らぎ」があり、旧暦は季節に忠実な暦ではないのですね。月の満ち欠けにより1ヶ月の「揺らぎ」が起きます。しかし、日本の季節の言葉で明治以前に作られたものは旧暦に即しているので(例えば、「五月雨(さみだれ)」とはいえど梅雨時は新暦6月(June))、いわゆる「旧暦活動家」は旧暦は季節に即していると主張すると…。
一応、自分の言葉で旧暦の欠点(?)を書いたつもりですが合格点でしょうか?
納得です!!
ほしみ さん
2010年2月16日(火) 9時38分
あ〜すっきりしました。ありがとうございました。
図形的に納得できました。思い違いについても解説して頂き、よく理解できました。わかりやすいお答え本当にありがとうございました!
南中時刻について
ほしみ さん
2010年2月13日(土) 23時7分
旧暦や南半球の月の話など、興味深く読ませて頂いています。
経度が同じで緯度が異なる地点での南中時刻について質問があります。
教科書などにある夏至と冬至の南中高度を求める図を見ると経度が同じなら緯度が違っていても南中時刻(場所によっては北中?)が同じになるのはすんなり理解できるのです。
ですが春分と秋分のときは、太陽から見ると地球はちょっと首を傾げたような状態ですよね。
そうすると高緯度のところの方が赤道より先に太陽の正面に来てしまい、早く南中してしまう気がするんですが・・・
でも当サイトの日出没計算で調べてもほとんどかわらないようですし、上記の私のイメージの「高緯度のところの方が赤道より先に太陽の正面に来てしまい」という状態では方角的に太陽は南にはきていないよなぁとも思いますし、・・・う〜ん、引っかかっているところをわかって頂けるか心もとないのですが、きっと私の最初に書いた感じ方が間違っているのだとは思うので、その辺のことご説明頂けないでしょうか。よろしくお願いいたします。
RE:南中時刻について
かわうそ@暦
さん
2010年2月14日(日) 12時38分
HomePage
ほしみさんこんにちは。
御質問について単刀直入に答えから書けば、経度が同じであれば緯度が違っていても太陽の南中の瞬間は同じです(自転光行差などは考慮しないとして)。
これは、太陽に限らず、恒星などでも同じことです。
> ですが春分と秋分のときは、太陽から見ると地球はちょっと
> 首を傾げたような状態ですよね。
> そうすると高緯度のところの方が赤道より先に太陽の正面に
> 来てしまい、早く南中してしまう気がするんですが・・・
「太陽から見ると地球はちょっと首を傾げたような状態」という記述でおよそ誤解した理由は想像出来ました。
この「太陽から見て首を傾げた状態」とは地球の公転の様子を描いた図を見てそう感じたのでしょう。この場合「傾げた」と表現する基準の傾げていない面とは地球の公転面(黄道面)ですね。
しかし太陽の南中(北中もあるので、「正中」とします)という現象は地球の公転によってではなく地球の自転によって起こることを思い出せば、間違いに気づくはずです。
或る地点で太陽が正中する場合、その瞬間その地点は
「地球の自転軸(南極・北極を結んだ直線)と、太陽を含んだ平面上の何処か」
に有れば良いんです(半分は地球の裏側で見えない側に有りますが)。
この平面は地球の南極と北極を結んだ自転軸を含んだ平面ですから、地球表面でかつ平面上に或る地点を結べばそれは、地球上に「経度線」を描いたのと同じです。
つまり、この経度線上の一点で太陽が正中しているなら全てで正中します(既に書いたとおり半分は地球の裏側ですが)。
もうお分かりのことと思います。
太陽が正中する条件の「太陽と、地球の自転軸を含む面」は、それこそほしみさんが書いた表現を借りれば「黄道面に対して傾げた平面」になります。
ほしみさんは地球の公転の様子を表した図を見て、「公転面(黄道面)に対して自転軸が傾く(直交しない)のでおかしい」と黄道面基準に考えたようですが、ここはその傾いた地球の自転軸を含む傾いた面で考えないといけないことを思い出して頂ければ、おかしなことではありません。
有り難うございます(^_^)v
喫茶ペン さん
2010年2月8日(月) 11時58分
かわうそ@さんありがとう★これで疑問解決です。(^O^)母にそういっておきます。ホームページみました(^-^)じゃんじゃんつかってください☆
…すいませんがもう一つ質問があるんです(T_T)
月が出ている時、あまり星が出ていませんよね?(わたしはそう思います!)これって何でですか(@_@)
(;_;)スミマセン
・・・?
かわうそ@暦
さん
2010年2月9日(火) 2時25分
HomePage
> 月が出ている時、あまり星が出ていませんよね?
> (わたしはそう思います!)これって何でですか
昼間、太陽が出ているとき青空に星が見えないのと同じことです。
(空が青いのは・・・「レイリー散乱」を調べて下さい)
空の明るさ(背景光)より星の明るさが暗ければ、星は背景光に埋もれて見えなくなります。
月夜と昼の違いは月と太陽の明るさの違い。
月夜は空を照らす月の明かりが昼の空を照らす太陽の明かりに比べてずっと暗いため、明るい星は背景光に埋もれることなく見えますが、暗い星は見えなくなりますから、
星の数が少ない
と思えるだけです(月夜でも満月の頃の方が、半月の夜より星が少なく見えるのも、半月より満月の方がずっと明るいから)。
ちなみに星の明るさが十分に明るければ、昼の空にも星が見える場合が有ります。
実際に、最大光輝の時期の金星等は昼でも見えることがあります。
疑問
喫茶ペン さん
2010年2月5日(金) 11時29分
こんにちwa.この前日食ありましたよね?たしか45年ぶりとか・・・
でもお母さんが見たらしいです。お母さん45歳より若いです。これっておかしくないですか?部分日食でも何時起こったか教えてください。(*^_^*)
RE:疑問
かわうそ@暦
さん
2010年2月6日(土) 10時12分
HomePage
喫茶ペンさん、こんにちは。
> こんにちwa.この前日食ありましたよね?たしか45年ぶりとか・・・
> でもお母さんが見たらしいです。お母さん45歳より若いです。これっておかしくないですか?
> 部分日食でも何時起こったか教えてください。(*^_^*)
「この前日食がありました」
とあったので、てっきり先月の日食(2010/01/15に西日本で見られたもの)のことかと思いましたが、
「たしか45年ぶりとか・・・」
あったので、これが昨年のトカラ列島付近で皆既日食となった2009/07/22の日食のことだと分かりました。あのときには「日本で見られる46年ぶりの皆既日食」と沢山報道されましたので。
有る場所で見える日食現象ということで考えると皆既日食現象や、金環食現象が見える確率は低いのですが、部分日食でもOKということですと、大体3〜4年ぐらいに一度は起こる、そんなに珍しい現象では有りません。
最近の日本で見られる(見られた)日食をザッと書くと
◎ 2002/06/11
○ 2004/10/14
△ 2007/03/19
◎ 2009/07/22
○ 2010/01/15
△ 2011/06/02
◎ 2012/05/21
(◎全国で見える ○広い範囲で見える △極一部で見える)
という具合です。ちなみに2012の日食は金環食で、金環食帯が京都−東京辺りを縦断します。楽しみにして下さい。
それと、事後のお願いで申し訳ないのですが、今回の喫茶ペンさんの質問は、日食に関するよくある誤解の一つなので、私の発行するメールマガジン
日刊☆こよみのページ
http://koyomi8.com/cgi/magu/index.php
?date=20100206
の「暦のこぼれ話」の話のきっかけとしてで採り上げさせて頂きました。
お許し下さい。
(ついでに、この答えより詳しい話しも書いておりますので、お読み頂ければ参考になるかと)。
暦の話 ― 占い
妖刀 村正 さん
2010年1月29日(金) 11時42分
2010/01/29 号 (No.1217) 付けメルマガ内
暦の話 ― 占い
普通は直結している人が多いでしょうね。『「暦」カレンダーの日本語訳』とだけ思う人は、
特に年配の方には少ないでしょう。
カレンダーと言った場合単なる日付を見る物
「暦 こよみ」は日々の吉凶を見る物 行為
という慣用的使い分けが一般化してしまっているのが、全てとは言いませんが多数派くさいです。
例えが変ですが、グラスもガラスもギヤマンもビードロも、指す物質自体は同じですが
その言葉から思い描くものは、おそらく全く別の物でしょう。そうやって使い分けしている。
カードもカルテも単なる紙札国語の違いだ、と思う人は少ないでしょう。
では、「カレンダー」等という言葉の無い時代に、「暦」という言葉は
どう「一般化」されていたのか。「慣用的」意味をもって扱われていたのか?
この書き込みをしていて、そういう疑問も湧いてきました
それは置き
言われてみれば「暦」という言葉自体に占いなどに結ぶ意味は全くありません。
だけど世間的には違うようになってしまっている。
故に、今回のお話のような、かわうそさんの御苦労が絶えないのですが、
さりとて、ではどう言い換えればいいのか・・というと適当な言葉か無いのが苦しい所。
見せていただいていると、かわうそさんは、
暦の話が好き。暦の計算が好き。そういうプログラムを組むのが好き・・という感じはします。
しかし「書き出すと長くなるそれなりの理由」というものは、ある程度の推察は出来ますが
しっかりとお見受けしたことはありません。私もこのサイト全頁を網羅している訳ではありませんので
見逃しなどがある可能性は高いですが。
またいつか、何かのネタにその点にお触れになったような形ででも、御紹介ください。
さくら さん
2010年1月18日(月) 12時28分
HomePage
初めまして、さくらと申します^^
本日暦について調べておりました所
こちらのHPに辿り着きまして大変詳しく載っており
管理人様には只々感謝するばかりです。
標題の件なのですけれど、疑問に思ったことがありまして
私なりにあちらこちらと調べてみましたが
どうしても答えに辿り着けませんでした。
花暦とは江戸時代に伝来し、作られたものですよね?
江戸時代〜明治までは旧暦の天保暦が使われていましたから
現在の暦を軸に、月毎に当てはめると一ヶ月程
江戸の花暦は季節が遅いということになると思うのですけれど・・・
実際は花の季節がどうにも一ヶ月以上早いようです。
桜は現在の花暦では4月、旧暦に桜が美しいのはその一ヶ月後の
5月だと思うのですけれど 江戸の花暦では3月、
萩や菊も、と言った具合に・・・
勉強不足でお恥ずかしい限りですが、
ご存じでしたらどうぞご教授頂けましたら幸いです^^
花暦と旧暦
かわうそ@暦
さん
2010年1月18日(月) 21時45分
どこかで思い違いをなさっているようです。
旧暦の三月と桜
の話が出ていますので、旧暦の三月について考えてみます。
旧暦の三月は二十四節気の穀雨(三月中)を含む月です。
穀雨は、ここ当分は新暦の4/20かその前後の日ですから、
旧暦三月の期間は新暦では 3/22頃〜5/19頃 の期間です。
年ごとにばらつきが出てしまうので、これを平均すると
旧暦三月の平均的な範囲は新暦では 4/5頃〜5/4頃 となります。
ご覧の通り、旧暦三月は平均的には新暦の四月の頃となります。
どうやらどこかで、ずれる方向を逆に覚えていらっしゃるようです。
これで、悩みは晴れましたか?
RE:花暦と旧暦
さくら さん
2010年1月19日(火) 20時11分
今晩は^^
こんな右も左もわからない初心者に丁寧に素早く対応して
お教え下さり本当にありがとうございました。
仰られる通り、独自に調べたのが悪かったのか
思い違いをしていたようです。
お恥ずかしい限りです^^;
二十四節季について調べ直しまして
ようやくきちんと納得がいきました。
お手数をお掛け致しまして申し訳ありませんでした。
本当にありがとうございました^^
悩み、晴れました!^^
私大について
ねこのしっぽ さん
2010年1月16日(土) 2時34分
HomePage
先日、私大(私立大学のことではなく「わたくしだい」)について図書館の書籍で拝見したので検索して改めて調べると、
東北の南部藩の祖とされる南部光行は鎌倉時代、この地に所領を得た。
山梨から一族郎党を率い、はるばる奥州八戸に着いたのは歳末28日。
運悪くこの年の12月は「小」で、明日はもう大晦日。
たった一日では正月準備はできない。
そこで一族は「私的に」12月を30日の「大」に変えて1年を延ばし、無事正月を迎えた。
「南部の私大」は独自の風習として江戸時代まで続いた。
とありました。
しかし、十二月も翌年正月も両方とも小の月の場合
本来の日付, 私大による日付
12/28, 12/28
12/29, 12/29
01/01, 12/30
01/02, 01/01
…
01/28, 01/27
01/29, 01/28
02/01. ??
となり、正月が28日間という旧暦ではありえない長さになってしまいます。
この場合正月を28日間としていたのでしょうか、それとも本来二月朔日となる日を一月廿九日としていたのでしょうか。3ヶ月も連続で小の月が続くことはほとんどなかったとはきいておりますのでさすがに二月末までにはつじつまが合うとは思うのですが。
RE:私大について
かわうそ@暦
さん
2010年1月16日(土) 23時6分
HomePage
南部の「私大(わたくしだい)」については、聞いたことがあるくらいのレベルですが、南部藩の藩日誌には私大の年毎に、
「旧臘雖為小月依御佳例以小為大故以二日為元日」
と書いたそうです。
読み下すと、「旧臘(臘月=十二月)小月なりといえども御佳例に依り以て小を大と為す故を以て二日を元日と為す」とあるのかな?
何のことは無くて、私大を行った年は次の正月は正月二日を「元日」として祝うだけで、それ以降の日付を変えるようなことはしなかったようです。
常識的に考えても私大のために、次の正月一月まるまる一月、ときによっては二月も他国(他藩)と日付が一日ずれた暦を使うなんて云うことはしなかったと思います。そんなことを数年ごとにしていたのでは社会の混乱してたまらないように思います。
「私大をしたばあい、我が藩内の正月の祝いは本当の暦の正月二日
を元日と読み替えておこないますよ」
くらいのことだけのことだったと思います。
暦は社会生活において予定や約束を決定するために使われる実用的な道具でもありますから、机上での数字の操作だけで、辻褄が合うとか合わないとか考えるのは危険です。
その暦によって、たくさんの人たちが生活をしていたと云った観点を持つことをお忘れ無く。
なお、私大の始まりが光行入部の際のエピソードによるものだという説は信憑性があまりない、伝説の域の話だと考えられているようですが・・・。
既に書いたとおり、私の「私大」の知識は聞きかじった程度のものなので、詳しくはご自分でお調べください。
RE:私大について
ねこのしっぽ さん
2010年1月19日(火) 17時43分
HomePage
ありがとうございます。
あくまでも元日だけを一日繰り下げたということというのがかわうそ様のご考察なのですね。
今日も図書館に立ち寄りましたが、今一その点は曖昧に書かれていた気がします。
今年もお世話になりますがよろしくお願いいたします。
ResBBS4 Terra