No.53 立春と旧暦の元日について Happy 2016年 1月14日(木) 8時45分
初めまして、暦について調べています。
早速ですが教えて頂きたいことがあり書き込みさせていただきました。
立春は一年の始まりで、旧暦では立春に近い新月を1月1日としたとありました。
元日は1年で最も特別な年の初めとしたある一方で、立春を1年の始まりとしていたということですが、朔旦立春以外、昔の人は二度新年を祝ったのでしょうか?どちらがより重要など優劣はあったのでしょうか?
変な質問ですみませんが、どうしてもこの旧暦と二十四節気との関連について理解が進まず…よろしくお願いします。
 
No.54 RE:立春と旧暦の元日について かわうそ@暦 2016年 1月15日(金)11時26分
暦は、季節のめぐりを表すという一面(農耕などでは重要)と、人間の集団で社会生活を送るための共通の約束事を定めるものという一面があります。

この両面が、完全に一致しているのであればなにも言うことはありませんが、月の朔望周期によって区切る暦月を用いる暦では、暦月の整数倍で一年(地球の公転により生まれる四季の巡る周期)という長さを表すことが困難です。
旧暦も月の朔望周期によって暦月を区切る暦ですので、閏月という調整機構を設けても、それぞれの年の間では、同じ月が同じ季節を表すことが出来ません。
さて、ここでHappyさんの質問に戻って

 「旧暦時代の新年はいつ」

という問題を考えて見ましょう。

 1.「立春」を新年の始まりと考える。
 2.暦の「正月一日」を新年の始まりと考える。

さてどちら?
答えから言えば、2の暦の日付、正月の一日(つまり元日)が年の始まりと考えるのが普通です。
これは、立春などの二十四節気という四季の巡りという自然の変化を表す指標よりも、人間社会の約束事を定めるための暦の日付を優先して考えています。
古今集の冒頭を飾る在原元方の、

 『年のうちに春は来にけりひととせを去年とや言はむ今年とや言はむ』

という有名な歌は、「ふるとしに春たちける日よめる」とあるように、年内立春(暦の十二月の内むかえた立春)の日に詠まれた歌ですが、この和歌でも「年のうちに春は来にけり」とあるとおりで、立春が来ても年が明けたとは言わないことがわかります。

もし、本当に立春を人間社会の年の始めとすると考えていたのであれば、暦は明治の改暦を待たず、ずっと前に「太陽暦」に移行していたはずです。そうでない太陰太陽暦を使い続けていたということは、日常生活では暦の日付で暮らし、季節に合わせる必要のある活動(例えば農耕や、花見の時期決定など)には、二十四節気を補助的に用いていたわけです。
あくまで、月の朔望周期で区切った暦の月日が「主」だったのです。

もっとも、立春前日の節分の日に、本来は年越しの行事であった鬼遣らいが行われるように、わずかながら「立春」を新しい四季の巡りの始まりという意味で、「新年」のように考えたことの名残のようなものはありますが、そうしたとらえ方は、かなり限定的なものだったといえるでしょう。
 
No.55 RE:立春と旧暦の元日について Happy 2016年 1月15日(金)21時17分
分かりやすい解説と説明、本当にありがとうございました。
色々な本を読んでいてもしっくりこなかった季節の巡りと暦のとらえ方が理解できました。
これからもどうぞ今後ともよろしくお願いします。ありがとうございました!

No.57 平成28年6月5日〜の月齢表記ですが、 ushi-slope 2016年 1月16日(土) 6時17分 Home Page
いつも参考にさせて頂いています。
今年は、こよみのページさんのデータを元に、
月の満ち欠け+日出・日没・昼時間(東京)を作ってみました。
データを公開していただきありがとうございます。

一点、気になる点があります。
月齢カレンダー元データと月齢カレンダーの
平成28年6月5日〜7月4日(旧暦5/1〜6/1)の月齢が
全部整数になっていますが、これでOKなのでしょうか?
すみませんがレスポンスをお願いします。
 
No.58 RE:平成28年6月5日〜の月齢表記ですが、 かわうそ@暦 2016年 1月16日(土)11時55分
> 一点、気になる点があります。
> 月齢カレンダー元データと月齢カレンダーの
> 平成28年6月5日〜7月4日(旧暦5/1〜6/1)の月齢が
> 全部整数になっていますが、これでOKなのでしょうか?

こうした不安がある場合は、その朔望の初めの「朔」の時刻を確認してください。
こよみのページでは、

  月の朔望(満ち欠け)一覧(年間)
 ( http://koyomi8.com/sub/sakubou.htm )

で、簡単に確認できます
(目次からなら
 「その他の他の暦日計算」 → 「月の朔望(満ち欠け)一覧(年間)」で入れます。

このページで該当する朔望周期の最初の朔の時刻を見ると

 6/5 12:00 (JST)

となっております。
つまり、この周期の月齢 0.0 は、上記の時刻です。
こよみのページでは「その日の月齢」としてある日の月齢の代表値を表示する場合はデフォルトでは日本時(JST) の正午の値を用いておりますから、たまたまこの周期の朔が正午に当たっているため、この周期の間の「その日の月齢」は全部、小数部分が「.00」 となります。
ということで、問題ありません。
 
No.59 RE:平成28年6月5日〜の月齢表記ですが、 ushi-slope 2016年 1月17日(日) 0時53分
早速、丁寧に説明していただきありがとうございます。

あまり計算方法などを考えずに、値だけを拝見していま
したのでこのような質問をしてしまいました。

No.60 Happy 2016年 1月19日(火)21時56分
こんにちは。旧暦と新暦について質問です。
2つには約1ヶ月のずれがあるとよく言われますが、この根拠は明治の改暦が12月2日をもって変更したからでしょうか?
もしくは旧暦には閏月が入るからでしょうか?よろしくお願いします。
 
No.61 旧暦と新暦の1ヶ月のずれ? かわうそ@暦 2016年 1月23日(土) 8時49分
Happy さん、回答が遅くなってしまいました。
ごめんなさい。
といいながら、早速回答です。
御質問の内容については、

1.年首の位置が1ヶ月ずれている?
2.年首の位置関係が1ヶ月程度変動する(閏月の話)?

の二通りの解釈が出来るので、漏れの無いように1,2についてそれぞれ答えておきます。


1.年首の位置が1ヶ月ずれている?
 具体的に最近の旧暦の年首の位置、元日を新暦の日付で表してみます。

 2016/02/08 (38日)
 2017/01/28 (27日)
 2018/02/16 (46日)
 2019/02/05 (35日)
 2020/01/25 (24日)

()内の日数は、新暦の元日の何日後が旧暦の元日かを表しています。
上記の2016〜2020の 5年間のずれの平均は、34日で、これは新暦の 2/4に相当します。
2/4は、最近の立春の日付。旧暦は立春近辺(±半月)に来るように作られている暦ですので、長い間を平均してもこの34日辺りに平均が落ち着くはず。
つまり、旧暦の元日は平均して、新暦の元日の34日頃にやって来ますから、この点で

 「年首の位置がおよそ1ヶ月ずれている」

と言ってもよいでしょう。
ちなみに、御質問の文章の中で、この1ヶ月のずれが、明治の改暦が行われた日付によるのかとおっしゃっていますが、このためというのではなく、元々年首の位置がおよそ1ヶ月ずれた旧暦から新暦へと改暦したのですから、こうならざるを得なかったということで、明治改暦の日付は1ヶ月近くのずれの原因ではなく、結果の方でした。


2.年首の位置関係が1ヶ月程度変動する(閏月の話)?
 1の回答で使った2016〜2020年の旧暦の元日の新暦での日付をご覧下さい。
 2018年のように、元日が新暦と旧暦で46日もずれている年もあれば、2020年のように、24日しかずれていない年もあります。その差は22日。

 月の朔望で暦月を区切る太陰暦では12暦月の長さは353〜355日となってしまい、一年の長さ(およそ365.2422日)より11日近く短いため、このままでは年首の位置が、太陽暦の日付で見ると、どんどん前の方にずれて行ってしまうように見えます。
 その年首の前進がずっと続かず、季節の巡る一年と暦の日付の巡りを大体同じようにする為に挿入されるのが閏月。閏月の挿入は大体3年弱に1度くらいの割合で行われますので、閏月が挿入された直後の旧暦の元日の新暦の日付は、後ろに下がります(2018年がその例)。

 こうしてみると、旧暦の元日の日付は太陽暦(現在私達が使っている、いわゆる「新暦」)の日付でみると、年毎に最大で22日くらい変動します。22日をおよそ一ヶ月・・・というのであれば、「新暦と旧暦の元日の位置関係が1ヶ月くらい変化する」ということは可能です。


さて、多分御質問は「1」の方だったかなと思いましたが、万が一「2」である場合もあるかもということで、両方書いておきました。
参考になれば幸いです。
 
No.62 RE:旧暦と新暦の1ヶ月のずれ? Happy 2016年 1月24日(日)10時19分
詳しいご回答ありがとうございました!
ずれの平均が34日とは全く考えつきませんでしたが、おかげ様で理解が深まりました!閏月の挿入の解説もよく分かりました。本当にありがとうございました。
またこれからもこちらに質問させて頂く事があるかと思いますがよろしくお願いします。

先日メルマガの登録をさせて頂きましたが、大寒のコラムもまさに知りたかった事でスッキリしました。引き続き配信を楽しみにしています!

No.63 体育の日が「スポーツの日」に?! マニフェス党々首 2016年 1月26日(火)21時25分
改名のプロジェクトチームができたそうです。
体育っていうと教育の一環って感じだけど、
スポーツじゃあねぇ…。
だったら、国体も国スポに変えろよ(これじゃスポーツ紙だろwww)
 
No.64 RE:体育の日が「スポーツの日」に?! マニフェス党々首 2016年 1月27日(水) 8時10分
補足です。現時点で報じているのは朝日新聞だけですかね。
http://www.asahi.com/articles/ASJ1T5CQ6J1TUTQP00W.html

何でも「超党派でつくるスポーツ議員連盟(会長・麻生太郎財務相)」
が目指しているみたいですが、安っぽい祝日名であるうえに、
議員先生なら他にやるべきことがいっぱいあると思うんですけど、
どうなんでしょうかね?

ツイッター見たら「成人の日も『アダルトの日』に変えたら?」との意見も(笑)

No.67 月までの距離。 あきら博士 2016年 3月 3日(木)22時11分
スーパームーンの解説部分で、月までの距離が間違っています。
正しくは、38万44百キロです。m(。_。)m
 
No.68 RE:月までの距離。 かわうそ@暦 2016年 3月 5日(土)18時21分
ご指摘有り難うございました。おっしゃる通りで
388400km と書いておりました。
384400km 直しておきました。
ご指摘、助かりました。

No.70 旧暦2033年問題 マニフェス党々首 2016年 3月 9日(水) 7時10分
明日・3月9日は部分日食があるそうですが、東京地方はあいにくの空模様になりそうですね。

そんな中ですが、朝日新聞に、いわゆる旧暦2033年問題の記事が出ておりました。

2033年の大安・仏滅決まらず? 旧暦巡るミステリー
http://www.asahi.com/articles/ASJ2B5V5GJ2BPTFC00W.html

まぁ、ある種の業界では死活問題なんでしょうけど…。
 
No.71 RE:旧暦2033年問題 かわうそ@暦 2016年 3月10日(木)16時30分 Home Page
ミステリー・・・なんですかね。
2033年問題の本質(?)は、本来管理し、メンテナンスしながら使わなければならない暦を、メンテナンスすることもなく使い続けることにあると、私は思ってます。
200年近く、メンテナンスしなかったら、そりゃあ故障や不都合が起きても不思議じゃないと思うのですがね。
その辺の認識がないこと、一番の問題かも。
 
No.72 RE:旧暦2033年問題 重箱の隅 2016年 3月13日(日) 1時11分
大きな形では2014年から対策の周知が始まりました。十分、余裕を持ってメンテナンスしようというのが、旧暦2033年への対応状況ではないでしょうか?
9年前では遅すぎるとお考えなのかもしれませんが、かわうそさんのコメントはちょっと書き方がきついかなと。

 
No.73 RE:旧暦2033年問題 かわうそ@暦 2016年 3月14日(月)10時 8分 Home Page
> 大きな形では2014年から対策の周知が始まりました。
> 十分、余裕を持ってメンテナンスしようというのが、
> 旧暦2033年への対応状況ではないでしょうか?

色々な考え方があるのでしょうが、現在行われている「対策」は目の前の不都合に対する小手先の応急処置としか思えません。
2033年問題は、たまたま特殊な状況で起きた事故ではなくて、現在、なんとなく「旧暦」として使っている天保暦に準拠した暦の構造的な欠陥に起因するものですから、本気で考えるなら、ただのつじつま合わせじゃなくて、その構造的な欠陥を直し、暦を正すべきだと思っています。

といっても、そんな難しいことじゃなくて、日本で使われてきた太陰太陽暦の中では、奇矯な「定気法」を用いた天保暦への準拠をやめ、安定した「恒気(平気)法」を使う暦にすればよいだけではと思うのですが。

それでは、官報に掲載される暦要項にある定気法の二十四節気と旧暦の作暦のための恒気の二十四節気の日時が異なることになり、おかしいのではとおっしゃる方もいるのではと思いますが、幸いなこと(?)に、いわゆる旧暦は単なる「私暦」ですから、その私暦の作暦に用いる二十四節気が公的に発表された二十四節気と一致する必要はないでしょうから(その辺が気になるのは、自分で旧暦の暦を組み立ててみようと思う人だけでしょうからね)。

前の私のコメントが、きつすぎるとするならそれは、現在見聞きする「対策」が構造的な欠陥があると解っていながら、それを直そうとせず、その欠陥が具体的な故障となって現れたときには応急処置で乗り切ろうというものでしかないと思えるからだと思います。

暦のこのような欠陥があるのであれば、それを見直し、きちんと直すのが「改暦」だと思います。
私暦となった旧暦に「改暦」というのは大げさかもしれませんが、今後も使い続ける必要があると云い、共通のものでないと困るというのであれば、改暦のようなことをするべきではないかと考えています。

No.74 祝1億 かわうそ@暦 2016年 3月20日(日) 9時11分 Home Page
3/20の午前中くらいかな〜

と思っていたら、日付が変わる直前でした。
無事、トップページアクセス数が1億を超えました。
「こよみのページ」を訪れて下さった皆さんに感謝です。
色々な方が訪れて下さることが、支えとなってこれまで続けてくることが出来ました。
本当に、有り難うございます。

なんだか、今日中に越えそうだと、気がついた3/19の23時過ぎ、カウンターが9桁に対応してたかなと、不安になってしまいましたが、どうやら大丈夫だったよう(今のところ、正常に動いている)でホッとしております。

今時、アクセスカウンタなんて流行らないよな〜という気もしますが、ここまで来ると、

 次は日本の人口越えまで・・・

という気分に。
9桁も無事に表示できることが解ったところでも有りますし、もうちょっとこのまま、カウントし続けていこうと思います。
こよみのページの歴史って気もするので。

No.75 本日は半影月食(2016/03/23) かわうそ@暦 2016年 3月23日(水)14時54分 Home Page
本日(2016/03/23)の夜には、半影月食が起こります。
半影なので、気づかれないかもしれませんけれど・・・。

詳しくは、こよみのページの「月食シミュレート」の候補1ボタンを押して確認してください。

No.77 私案「平気法への回帰、寛政暦準拠」 冬春夏秋 2016年 3月27日(日) 2時47分
かわうそさん、はじめまして。
旧暦に興味を持ち本日メルマガ登録させいただきました。よろしくお願いします。
で色々考えて、かわうそさんの意見も参考に私案を書かせていただきました。

私案「平気法への回帰、寛政暦準拠」

旧暦はほぼ「天保暦」基準ですが定気法を使用しており、平気法(恒気法)に比べ歴史の蓄積が少ないです。
二十四節気は平気法、定気法で1〜3日程度ずれますが、元々冬至から何日目の季節を示すものであり実際の気象で問題になるレベルのずれではありません。平気法では二十四節気が単純で分かりやすく、また2033年問題が発生しません。
平気法最大の問題は、春分・夏至・秋分が天文的とずれることですが、例えば「春分」と「春分の日」は別日と割り切ってしまいます。
どうせ私暦なら平気法暦を使用したらいいのではないかってことです。
平気法の暦を使用するならば、最終の暦「寛政暦」に準拠するのが妥当と考えます。

しかし「平気法(恒気法)」派ってほんと少数派ですね。
長文で失礼いたしました。
 
No.78 RE:私案「平気法への回帰、寛政暦準拠」 かわうそ@暦 2016年 3月28日(月)16時 5分
太陰太陽暦の暦月名を決定する方式に定気を用いるのは、やはりよろしくない。やはり、恒気(平気)を使うのが「合理的」だと思います。
冬至の瞬間の計算は、現在の暦にあわせて(官報に載る冬至)、それ以外の二十四節気(の中気)は恒気(平気)法で求めたものを作暦に使うということにすれば、問題ないのに。

「2033年問題」なんて、大騒ぎしている人達には、もう少し真面目に暦とは何だろうと考えてほしいものですね。
 
No.79 RE:私案「平気法への回帰、寛政暦準拠」 冬春夏秋 2016年 3月29日(火) 5時 4分
返信ありがとうございました。
恒気(平気)法を使用する考え方、同感です。定気法の考え方は、天文運動の正確さにこだわり過ぎて、暦の美しさ、温かさを見失ってる気がします。
平気法は論外という意見が多いのは残念ですね。

No.80 いまさら平気法は・・ ワタナベ 2016年 3月31日(木)18時52分
「平気法での旧暦復活」についてですが、私は賛成できません。

定気法での旧暦は、日本では170年くらいの歴史しかありませんが、中国では370年くらいの歴史があり、すでに定着しているといってよいと思います。日本の旧暦で平気法を採用すれば、中国の旧暦とかけ離れたものになり、やはり私には抵抗があります。

日本の旧暦は「中国風太陰太陽暦」の一種であり、歴史的に中国での暦の動向とは無関係というわけにはいきませんでした。日本ではじめて作った貞享暦も中国の授時暦の改良版といってよいと思いますし、天保暦が定気法を採用したのも中国の時憲暦にならったものだと思います。

私の意見としては、原則的には天保暦の置閏法にしたがい、それでどうしようもないときは「冬至を含む月から次に冬至を含む月までの間に13か月ある場合に,中気が入らない最初の月をうるう月とする」
という時憲暦の置閏法にしたがえばよいと思います。

それにしてもアダムシャール(時憲暦を作ったイエズス会宣教師)はなぜ定気法を採用したのでしょうか。。。
 
No.81 RE:いまさら平気法は・・ 冬春夏秋 2016年 4月 1日(金) 6時58分
ワタナベさん、こんにちは。
平気法支持の立場からコメントさせて頂きます。

中気を2つ含む月があり、含まない月が複数できる定気法は、太陰太陽暦のと相性が良くないと思います。これは時憲暦・天保暦共通です。時憲暦は例外ルールがうまくいっただけです。

なお2033年では、時憲暦と平気法暦では閏11月で確定です。閏7月、閏正月の可能性があるのは天保暦だけです。

また定着しているのを今更とのことですが、1000年以上定着していた暦を、変えたこともありますし。お盆なんか旧暦関係なく新暦8月15日です。

色々書きましたがあくまでも私案なのでお気になさらずに。大勢は天保暦での閏11月だと思います。
貴重な意見を、読ませて頂くのは勉強になります。公的な決定機関がないので、結論がでるかどうか心配ですが。



 
No.84 今だからこそ平気法!? かわうそ@暦 2016年 4月 1日(金)15時59分 Home Page
今だからこそ平気法?

ワタナベさん、こんばんは。
ワタナベさんと違って、私は「今だから平気法」だと考えています。

定気法によって中気を考える方法は、ある意味天文学的な考え方(太陽の黄経で決めるという点で)だと思います。
暦を民に与える天子は天帝の子孫であり、天上の天体の運行まで悉知しているものであると云う、古代中国の伝統的な考えからすれば、正確に天上にある天体の運行を把握していることを示すということには、適した考えと云えます。

この考え方と、神が造りたもうた万物(当然天体の動きも)の摂理を正しく理解することは、神を正しく理解する上で必要不可欠だと考えたキリスト教神学とが、たまたま合致した結果が時憲暦の定気法採用だったのではないかと私は考えています(より進んでいた西洋の天文学を取り入れるという、「新しくてよさそうなもの」に飛び付く心理もあったかも)。

より進んだ西洋の天文知識を暦に反映したいという思いは、天保暦に先立つ寛政暦改暦を為した、橋至時、そしてその後を継いで天保暦改暦を為した渋川景佑らにも共通していたと思います。

おっと、本題から外れてしまいました。
ということで、閑話休題。

定気法採用に至ったまあ、そうした背景にある思想はともかくとして、忘れてはならないのは中国の時憲暦にせよ天保暦にせよ、それが官暦として使われていた時代は、これを管理者(時の政府)があったということです。

これらの暦は、日常に使う暦でありながら、日食や月食の予報も記されている天体暦的な性格もある暦で、それだけ緻密に作る必要がありますから、観測を通じて天文常数などを改良し、管理者がきちんとメンテナンスしていました。

管理者がいるので、それまで使っていた常数や置閏法に矛盾があれば、暦は修正されたのです。だから、たびたび改暦が必要だったともいえる(中国のように王朝が変わったら変更するという人為的な事情での改暦もありますが)。

暦に何か不都合があっても、それに対して責任を持ってこれを修正する管理者があるからこそ、精密な暦(「暦」の機能として優れているかどうかは別として)は運用が可能だったのです。

喩えてみれば、天保暦などは、高性能だけれどきちんと走らせるためには、何人ものメカニックが必要な、レーシングカーのようなもの。
そんなレーシングカーをメカニック無しで走らせ続けたら・・・壊れるでしょうね。

天保暦も、本来は絶え間ないメンテナンスの必要な「精密な暦」であったにもかかわらず、明治改暦で管理者不在の私暦となってしまい、そして百年以上も経って、故障があることがわかってきたけど、どのように修理すべきか、それを決める人がいなくて困っているというのが2033年問題の本質でしょう。

もし、天保暦が今だ公式の暦だったら、公的機関、例えば国立天文台が方針を決めて、その結果を官報か何かで国民に周知することで、「どうしたらいいの?」私達が悩む必要は無かったはずです。

さて、ようやくですが「今だから平気法」です。
現在の旧暦の使い方を見ると、それはもっぱら冠婚葬祭やら祭りや伝統行事の日取りの決定などの人間社会の決め事のためにその「日付」だけ使われていて、旧暦によって日食の日や状況を知ろうという人はいないようです。
つまり、月や太陽の位置の正確さなど、旧暦には期待されていないのです(と私は見ている)。
「2033年問題」なんて云っても、「困る」という人達の話を聞くと、

 「暦Aと暦Bで日付が食い違っていたら
  どちらを信じていいものかわからず、困る」

ということに尽きるようです。どの暦を見ても日付が食い違っていないのであれば、それが天保暦の置閏法に合致するものか否かなんて、問題じゃないのです。

この暦の使い方は、先にあげた車の例で云えば、ちょっとショッピングセンターまで買い物に行くのに使う、ファミリーカー的な用途ですね。
この用途に、専用のメカニックが何人も必要なレーシングカー(天保暦)を使う意味は果たしてあるのか?

こうした用途には、高速でコーナーを駆け抜けるレーシングカーのような高性能な車ではなくて、メンテナンスの楽な(出来ればメンテナンスフリーの)ファミリーカーが向いています。

天体の位置を正確に予測して作る必要のある定気を用いた暦は、こまめにメンテナンスを使うことが前提とされた暦です。高性能であるが故に、設定も複雑(だから置閏法も複雑になる)。
こうした暦をメンテナンスせず、使い続けることは、無理があります。

現在のように、旧暦が管理者不在の私暦となっていること、そしてその用途が先にあげたような、年中行事等の日付の一致程度であるのなら、精密さにこだわる「定気法の暦」より、メンテナンスの容易な「平気法の暦」にしてしまうのが合理的なのではと私は考えています。だから、

 「今だからこそ平気法」

と考えている次第です。
もちろん、私も「暦の正式な管理者」でないので、この考えも私論に過ぎません。
ワタナベさんのように、それはおかしいという考えの方がいてもそれは当然。ただし、これも「私論」ですね。旧暦に関しての議論はみんな、「私論」にならざるを得ませんから。


追伸.
本来であれば、2033年問題のようなことがあっても、管理者が「この方式で決めます!」と宣言すれば、問題は一瞬で解決。だって、その管理者(時の政府)が暦に関する最終決定者なのですから。
民間の、例えばこよみのページのかわうそが、「けしからん!」とほざく程度の批判はあるにしても、暦が変わるわけじゃない。目出度し。

三伸.
> 日本の旧暦で平気法を採用すれば、中国の旧暦とかけ離れたもの
> になり、やはり私には抵抗があります。

ワタナベさんの書き込みのこの部分についてですが、この「中国の旧暦とかけ離れたものになり」の箇所はワタナベさんは、暦としての仕組みとしてかけ離れたものになるという意味で使っているのでしょうが、旧暦を使う人の多くが単に、暦に書かれた暦日にしか興味がないことを考えると、時憲暦との仕組みの近似を気にしてみても仕方がないと思います。

仕組みが同じでも、日付を変更する基準となる標準経度が違えば、中気と朔の日付の関係から、中国の旧暦と日本の旧暦の日付が丸々一ヶ月、違ってしまうと云うことも起きてしまうわけですからね。

それでも中国の旧暦との食い違いが気になるのであれば、いっそのこと日本の旧暦の日付などに拘泥せず、中国の旧暦(いわゆる「農暦」)を輸入して使うというのもありかも。中国の暦を輸入してそのまま使っていた、大昔に戻ったつもりで。
これなら、仕組みの違いも日付の違いも何にも気にする必要がない!

また、たまに中国生まれの方から頂く「中国と日本とで旧暦の日付と新暦の日付の関係が違う。どっちが私の本当の誕生日なんでしょう?」なんていう質問もなくなる・・・。

まあ、そうなっちゃうと、「こよみのページ」を作る楽しみがなくなるから、私は退屈になるかもですが。

No.85 ≪続≫いまさら平気法は・・ ワタナベ 2016年 4月 2日(土)20時23分
下の書き込みの続きです。

私が「日本の旧暦が中国の旧暦とかけ離れたものとなるのは抵抗がある」と言う理由の一つは日本の旧暦で中国の旧暦を代用しているからです。

例えばある日、中国の知人から「恭喜!」とメッセージが来て、「はて、なにが「おめでとう!」なんだろう?」と日本の旧暦の載ったカレンダーを見ると、旧暦7月7日で七夕だった、ということがあったりします。

もちろん、時差のせいで2012年のように日本の旧暦と中国の旧暦が大幅に違ってしまうこともあるのですが、大抵は日本の旧暦で中国の旧暦を代用できます。

これが日本の旧暦が平気法になってしまうとそうも行かなくなってしまいます(それでも日本の旧暦と中国の旧暦の日付が合うことの方が多いでしょうが)。

あと、かわうそさんや冬春夏秋さんは「気にするな」とおっしゃるでしょうが、平気法を支持する人が少ないのは国立天文台が公式に定気法で二十四節気を発表していることが大きいと思います。

公的機関が旧暦をつくる材料を提供しているのにそれに反することをしても支持する人は少ないでしょう。

かわうそさんは、暦は天文定数や置閏法をメンテナンスしながら運用していくものだ、とおっしゃいますが、国立天文台が公式に二十四節気や朔弦望の日時を発表しているのですから、天文定数については現代天文学によってメンテナンスされていると言えるのではないでしょうか?

あとは置閏法だけの問題で、公的な管理者がいない今、かわりに「日本カレンダー暦文化振興協会」みたいなところが推奨案を出すということで良いのではないかと思います。

ただ、「日本カレンダー暦文化振興協会」はあらたな置閏法を決めることを先送りしましたが、私としては「天保暦の置閏法で矛盾が生じる場合は時憲暦の置閏法で閏月を置く」と決めてしまってもよかったのではないかと思います。
 
No.86 RE:≪続≫いまさら平気法は・・ 冬春夏秋 2016年 4月 4日(月) 2時24分
ワタナベさん、こんにちは。

ワタナベさんは、中国との整合性を重要視されてるわけですね。七夕にメール頂けるお友達がいれば、そうですね。分かります。
ただ私の印象だとほとんどの日本人は、六曜を気にするくらいで旧正月も祝いません。残念と言えば残念です。仙台の七夕はグレゴリオ暦の8月7日です。平気法でも関係ないわけです。

私個人は国によって暦が違うのは構わないと思います。春節を決める中国と春分・秋分の日だけを決める日本の違いです。文化・習慣や祝日も違いますし。他国も中国暦とは完全に同じではないですよね。

結局決めるところがないのが問題なわけです。暦文協は決めない事を決定しまたし、国立天文台は定気法の二十四節気を決めるだけですしね。平気法支持が少ない理由はおっしゃるとおりです。国立天文台が決めれば、私もそれでいいと思いますが、決めるでしょうか?

No.87 八十八夜について Happy 2016年 4月12日(火)19時56分
いつも楽しくメールマガジンを拝読しています。
八十八夜について調べ事をしていて、教えて頂きたく書き込みをさせて頂きます。
立春から数えて88日目を霜別れと農作業をはじめる目安で、5月1日といった固定日を旧暦では示せなかったから…というのはこちらのサイトの雑学コーナー「八十八夜」を読んで分かったのですが、ではなぜすぐやってくる立夏ではなくわざわざ88日という日を設けたとお考えでしょうか?

同じ雑学コーナーの読者の方からのお便りで「立春の月の形が3度目にやってきたときで覚えやすかったからでは?」というような記載があり、なるほど!とも思ったのですが…でも立春から数えるということは太陽の動きで決めるので月の満ち欠けは関係ないようにも思い混乱中です。
どうぞよろしくお願いします。
 
No.88 RE:八十八夜について ワタナベ 2016年 4月18日(月) 4時26分
> 「立春の月の形が3度目にやってきたときで覚えやすかったからでは?」
> というような記載が あり、なるほど!とも思ったのですが…でも立春か
> ら数えるということは太陽の動きで決めるので月の満ち欠けは関係ない
> ようにも思い混乱中です。

これは「例えば、ある年の立春の日の月の形が三日月だったら、その三
回あとの三日月の日が八十八夜、また別の年の立春の日の月の形が満月だ
ったらその三回あとの満月の日が八十八夜となるので覚えやすかったので
は?」という意味です。

なぜそうなるかといえば、88日間というのは3朔望月(=月の満ち欠け3回
分)にほぼ等しいからです(1朔望月は平均およそ29.5日なので29.5日 ×
3 = 88.5日)。

この説が正しいかどうかは分かりませんが、「立夏」ではなく「八十八夜」を農作業の目安としたのは、一般庶民にとって二十四節気がそれほど身近なものではなかったからではないか?というのが私の考えです。

手元に「暦の百科事典 2000年版」という本があるのですが、これに載っ
ている江戸時代の暦の写真をみると、冊子になっている正式な暦には二十
四節気が書いてあるのですが、一枚刷りの暦にはほとんど書いてありません(夏至や冬至が何月何日かは書いてありますが、全部は書いてありません)。しかし、八十八夜や彼岸、入梅、二百十日などの日付はしっかり書かれています。

このことから暦の情報としては二十四節気よりも八十八夜や彼岸、入梅、
二百十日などの「雑節」のほうが庶民にとっては重要だったのではないか
と思います(なおこれらの雑節はほぼ太陽暦的に決められていたので農作
業の目安にもなったと思います)。
 
No.89 RE:八十八夜について Happy 2016年 4月19日(火)17時56分
おはようございます。
詳しい解説ありがとうございました。昔は雑節の方が農作業の目安では重要だったのですね。農作業のために作られた日本独自の暦とありましたので、もう少しその辺りも含めて勉強してみます!
ありがとうございました。

No.91 今日・7月8日は池田屋事件の日 マニフェス党々首 2016年 7月 9日(土) 8時20分
今日、7月8日は、1864年に池田屋事件が起きた日なんだそうです。

池田屋事件といえば新選組。新選組といえばあの誠の旗と、水色のギザギザ模様の羽織がトレードマークになっていますが、
あの服装は「夏服」だそうですね。なので、池田屋事件では着用していたと思いますが(ウィキペディアによれば)、
ドラマとか映画で年がら年中あの服装だったら時代考証ちゃんとやってるのかとツッコミ入れていいと思います(笑)

ちなみにグーグルマップによりますと、近藤勇の生家から1.7km、徒歩約21分のところに国立天文台があります(笑)
 
No.92 RE:今日・7月8日は池田屋事件の日 マニフェス党々首 2016年 7月 9日(土)21時45分
蛇足ながら、興味がわいたので、他の日本史上の事件の起きた季節も調べてみました。

●「桶狭間の戦い」はユリウス暦1560年6月12日ということで「梅雨」の季節。梅雨前線の影響により大気が不安定なところで発生した雷雨に乗じて今川の陣に急襲か?

●「本能寺の変」はユリウス暦1582年6月21日ということでこれまた「梅雨」の季節。変の1週間ほど前に明智光秀が詠んだ「ときは今 あめが下しる 五月かな」の「あめ」とは梅雨の雨のこと?ちなみにこの年の10月にユリウス暦からグレゴリオ暦への改暦実施。

●「関ヶ原の戦い」は1600年10月21日ということで「秋」。合戦後に捕縛された石田三成に勧められたのが「柿」だったのもそれ故か?

●「桜田門外の変」は1860年3月24日と、3月下旬ながら雪に見舞われる。しかもこの日は旧暦3月3日で、井伊大老の登城理由も雛祭りのお祝いとか?逆に襲撃側から見れば、この日は必ず登城すると踏んでのものか?他に日本史上の事件で雪の日というとニ・ニ六事件でしょうか?

No.94 和暦・西暦対応表 ぽぽぽぽーん117 2016年 7月15日(金) 3時 5分
和暦年別表(593-2070年)を眺めていたのですが、「実際に採用された月日」の元データはどちらで参照できるのでしょうか?

あと略算法あるいはcsvデータを公開していただけたらありがたいです。
 
No.95 RE:和暦・西暦対応表 かわうそ@暦 2016年 7月16日(土)19時24分
この手のデータについて、一番信頼しているのは内田正男先生の、
「日本暦日原典」です。

一家に一冊!
とは云えませんが、手元に置かれるとよい本です。
 
No.96 RE:和暦・西暦対応表 ぽぽぽぽーん117 2016年 7月16日(土)21時37分
ありがとうございます!
幸運なことに近くの図書館に置いてあるようなので、参照してみたいと思います。手元に置くかは……様子見で。

それにしてもGoogle検索のキーワードを「旧暦 歴史上」から「日本暦日原典」に変えるだけで出てくる文献が大きく変わりますね。txtファイルも発見してしまいました。
https://wiki.suikawiki.org/n/%E6%97%A7%E6%9A%A6#anchor-94

No.97 1年の始まりについて おむすびさん 2016年 7月21日(木)15時34分
FAQにも項目はあるようですが、回答がないので質問です。1年の始まりがなぜあの時期なのか、教えていただけないでしょうか。そして、現在の暦の1月や2月は、後で付け加えられたものなのですよね。OCTOVERは8番目の月ですよね。つまり、1/1の位置もいろいろと変わったのでしょうか。
 
No.98 RE:1年の始まりについて ぽぽぽぽーん117 2016年 7月21日(木)21時53分
書き出すと長くなってしまうので、答えとなるウェブページをいくつか提示しておきます。
http://tech.blog.aerie.jp/entry/2014/05/13/172630
http://homepage3.nifty.com/tak-shonai/intelvt/intelvt_047.htm

また、関連する項目がこのサイトの「暦と天文の雑学」にありましたので、こちらも参考にしてください。
http://koyomi8.com/reki_doc/doc_1700.htm

ちなみにアウグストゥスが8月を31日に変えたというのは誤りで、最近の学説では最初から現在の日数の並びだったようです(Wikipedia「ユリウス暦」の「各月の長さ」の項を参照)。
 
No.99 RE:1年の始まりについて おむすびさん 2016年 8月 6日(土) 8時 5分
お返事ありがとうございます。さすが「こよみのページ」ですね。詳しい解説があり、納得しました。月の日数が違うのも、たぶん1年の4つの季節にほぼ均等に配分したということなのでしょう。
ところで、このような紆余曲折とその時代の為政者のご都合が作り出した現在の暦ですが、もっと合理的なものに変更することはできないものなのでしょうか。たいへん合理的な二十四節気に対して、1/1は黄経280度くらいですよね。何かの星座とかかわりがあるわけでもないのでしょう。
それでも、あまり斬新なこともできないでしょうから、今の暦の基本的なところは変えずに、月の日数を一定にしたり、というような工夫はできないのでしょうか。たとえば、
1 ひと月は30日とする。1年で余る5日または6日は年越し週とする。うるう秒などの処理もこの年越し週の間に実施する。
2 ひと月は1日日曜日から始る七曜制とし、29日は新たに「天曜日」、30日は「海曜日」とし、休日とする。
毎年の暦が安定することによる経済的な効果、文化的な行事の振興、月末の4日間の連休による内需拡大、労働意欲の向上、などなど期待できるのではないでしょうか。
そろそろそのような議論をしてもいい時代ではないでしょうか。
 
No.100 RE:1年の始まりについて ぽぽぽぽーん117 2016年 8月 7日(日)23時13分
「合理的な暦」というのはすでに数多く提案されています。364が7で割り切れることを利用して「無曜日」を設ける案(除日案)が多いようです。

例えば「世界暦」は、「31日・30日・30日」の13週で1サイクルとし、大晦日の曜日を外して「世界日」とすることで、毎年同じカレンダーにしようという案です。しかし、曜日を外すというのが安息日の決まりに引っかかるという宗教的な反発があります。これを解決しようと5〜6年に一度「閏週」を設ける案もあることにはあるのですが、これだと一年の長さが364日と371日の2種類になってしまい、会計処理や天文計算が大きくずれてしまうデメリットが生まれてしまいます。

ちなみにもっともっと合理的な「13の月の暦」や「国際固定暦」というのもあって、1か月を28日、1年を13か月+大晦日とすることで、毎月のカレンダーがすべて同じになるというものです。さすがに四半期で区切れない13か月案は非現実的だとは思いますがね。

とはいえ、これらが実行されないのは「現行のものに慣れているから」というのが大きな理由でしょう。現行の暦でも日常生活上の大きな問題が生じていませんし。思えば、現行のグレゴリオ暦の元になったユリウス暦の各月の日数は、ローマ暦末期の日数に似せるようにして決められたそうです。大改革の前夜にも今までの慣例が引きずられたのですから、2060年の歴史を持つ現行の暦を、世界中の大混乱とシステムトラブルのリスクを冒してまで変更することは、今後もないのではないかなと思います。

と、ここまで書き終えた後にこよみのページに「世界暦」のページがあることを発見。“耐えられないほどのひどい”ものですか。うーん、天変地異で自転周期や公転周期が変動するようなことがあれば耐えられなくなりそうですが、そうなったら人間はもはや生きていられるのかな……。
http://koyomi.vis.ne.jp/doc/mlwa/200802270.htm
 
No.101 RE:1年の始まりについて おむすびさん 2016年 8月14日(日)18時59分
ぽぽぽぽーん117 さん、またまた的確な返信ありがとうございます。
そして、暦のページの奥深さを教えていただき、本当に感心せられます。
いろいろな人が、より良い方法を考えていることは察せられるのですが、話題に出ていた「世界暦」も現在の暦と比べてあまり魅力的でないというのが私の感想です。暦が農業と深く結び付いているので、4つの季節を大切にして1年を4等分しようという発想はわかるのですが、それだからもともと、農業にかかわる春分から300日分しか暦がなかったということなのでしょう。つまり、1年の始まりは、最も農業にかかわりのない季節に設定されたわけですよね。もちろん、今は南半球も同じ暦を使っているわけなので、年越しの周辺も農業に携わっている人がいるわけで、どんな暦が合理的なのかということも、なかなか判断のつかないものなのでしょう。
それでも、やはり、毎年毎月日付と曜日が違うというのは、その調整に多大の労力が使われ、しかも、時間の有効活用という意味でも、いろいろな無駄が発生していると思われるのです。
ぜひ、全く新しい発想で、多数の人の知恵を出し合って、暦改変のを議論してほしいと思いますね。

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