こよみのぺーじ 日刊☆こよみのページ スクラップブック(PV , since 2008/7/8)
【誉れ】(ほまれ)
 ほめられて光栄あること。評判のよいこと。また、そのような行い。
 名誉。名声。地蔵十輪経元慶点「広く美(うるわ)しき声誉(ホマレ)十方
 に流れ振(ふる)ふ」。
 「神童の誉れが高い」「出藍(しゅつらん)の誉れ」
   《広辞苑・第六版》

 最近はあまり耳にしなくなった言葉ですが、この言葉は「ほまれ」という音
 も耳に心地よく、私の好きな言葉の一つです。
 地方から立派な人物が生まれると「郷土の誉れ」なんて表現もあったのです
 が、最近はとんと聞かれなくなって寂しいです。
 これは、この言葉が使わなくなったと云うことなのか、この言葉を使うべき
 人物が生まれなくなったためなのか?

 さてさて、私の好きな言葉、「誉れ」を使ったちょっと変わった言葉に

  馬鹿の誉

 というものがあります。
 この言葉を口にした人物は、勝海舟。向けられた人は高橋泥舟です。
 海舟も泥舟もどちらも号で本名ではありませんが、本名よりこの号の方が通
 りがよいので号で書かせて頂きます。

 どちらの号にも「舟」があり、両名と関わりの深い人物に山岡鉄舟という、
 これまた号に「舟」が付く人物が居るので三人をあわせて幕末の三舟などと
 も呼ばれるます。

 海舟も鉄舟も幕末から明治にかけて、それぞれの立場で何かを成して歴史に
 足跡を残しましたが、泥舟は何も成さなかったため、その名が知られること
 の少ない人です。ただ、何も成さないことを決め、それを貫いた泥舟の生き
 方は、それを知る人達からは高く評価され、愛されました。

 ちょっと変わった言葉として紹介した「馬鹿の誉」は高橋泥舟について勝海
 舟が語った人物評の中に登場します。

 『泥舟の人物はドーかと云うのか。あれは大馬鹿だよ。
  当今の才子では、あんな馬鹿な真似はするものかい。
   (中略)
  維新の際、将軍の守護を託したのも、おれは彼の才子でないところを見取
  って、これならばと思って、あれに託して、幸に無事を得た訳だ。また、
  彼が旧主(徳川慶喜)と共に、終身世に出でざるの誓いをなして、主人を
  隠遁せしめ、自らもその誓いを守って、終身馬鹿の誉と赤貧に甘んじて、
  あんなに豚の真似をして居るのは、とても才子には出来ないよ。実に馬鹿
  馬鹿しいではないか。だから、おれは彼を馬鹿と云うのだ。』
    《泥舟遺稿より》

 勝海舟の人物評は辛辣なものが多く、毒舌家としても知られる彼ですから、
 泥舟への人物評にも「大馬鹿」「豚の真似」といった言葉が並びます。しか
 し、そんな罵詈雑言とも云える言葉が並んだ海舟の人物評を読むと、海舟が
 この十二歳年下の泥舟とその生き方をどれほど愛し、尊んだかを感じること
 が出来ます。

 「馬鹿の誉」、そんな言葉で評される人物は大勢にその名が知られるような
 ことはないのでしょう。ですからそんな人が思いつかないからといって、現
 在はそうした人がいない訳では無いのかも知れません。私が知らないだけで
 泥舟のような人物が、きっとどこかに、今も、そしてこれからも生まれてい
 るのだろうと考えたいです。

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