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【春の水】(はるの みず)
 春の、水量の多くなった川や湖沼の水。
 春の季語。
  《広辞苑・第六版》

 春は雪や氷となって冬の間、姿を隠していた水が本来の姿を現す季節です。
 春の水は、川や池に、水田に姿を現します。時には道のぬかるみといった、
 やっかいな姿でも。今まで何処に隠れていたのかと感心するほどです。

 私が物心付いた頃に住んでいた家は、阿武隈川のすぐそばにありました。
 共稼ぎの両親の末っ子として生まれたので、姉や兄が学校に行っている間は
 一人で遊んでいることがほとんどでした。
 そんな時のお気に入りの遊び場の一つが、葦やネコヤナギの生えた阿武隈川
 の川原でした。

  「春の水 山なき国を ながれけり」 蕪村

 人里の雪はすっかり融けて姿を消してしまった頃、山ではようやく本格的な
 雪解けが始まり、里を流れる川の水は増え始めます。私の遊び場だった阿武
 隈川の川原でも、水が増え始めるのがわかりました。

 冬の間、干上がり、深いひび割れが出来ていた川岸の泥が水を吸い、本来の
 黒々とした色を取り戻し、ひび割れを消しながら水の下に戻って行きます。

 泥が本来の色と場所を取り戻すと同時に、その泥の層を突き破り、葦の芽が
 伸び始めます。若い葦の尖った芽は泥の層を抜け、泥を覆った水の層も抜け
 て水面に姿を現します。

 晩秋に枯れきり、冬の間に枯れた葉も風に引きちぎられて裸になった旧い葦
 と、新しく生まれた若い葦の姿の両方が、水の面に映るようになると、わず
 かに残る冬の気も水に溶けて消えてしまって行くようでした。
 あの頃は、春になると川の水が増えることは知っていても、それが川の上流
 の山の雪解けによるものなのだなどということは知りませんでした。

 知っていたのは、川の水が増えると泥のひび割れが消えて、先端が赤紫色を
 した葦の若芽が姿を現すということ。そして温かくなると云うことだけでし
 た。知らないことばかりでしたが、「春の水」を五感で感じていいた気がし
 ます。

 春になって川の水が増えるのは上流の雪解のためだと今は知っています。先
 の尖った葦の芽を葦牙(あしかび)というのだと云うことも知っています。
 「春の水」が春の季語であることも知っていますが、そのかわりに忘れてし
 まったことも多い気がします。

 「春の水」がどんなものだったのか。
 これからは言葉の意味でなく、「春の水」を感じるということを、思い出し
 て行きたいと思っています。
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