日刊☆こよみのページ スクラップブック
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■大小板
軽井沢、気象舎(http://www.kishosha.jp/) の西村さんからこんなメールを
頂きました(一部省略させて頂きました)。
------------ 西村さんからのメール・1
群馬県の名湯・草津温泉、
その温泉街の中心にある老舗旅館『山本館』。
ホームページ http://yamamotokan.com/ の写真を見ると、
玄関に『小』と書かれた丸い札が掛かっています。
前を通るときにいつもチェックしていますが、
大の月には『大』の札が、小の月には『小』の札が掛かっているのです。
この旅館の創業は、江戸時代後期といいますから、
おそらく旧暦の時代の名残ではないでしょうか。
------------ 西村さんからのメール・2
ネットで調べたら、
『大小板』というもののようですね。
江戸時代、商家の軒や店内に掲げていたもので、
『大』と『小』が裏表になっているようです。
------------ これで終わり
早速メール中にありました山本館のホームページを覗いてきました。
すると、ありました。玄関の鴨居の上に「小」の文字の書かれた板が。
◇大小板
西村さんの「メール・2」ですでにその正体が明かされている大小板ですが、
これは昨日のこぼれ話「ニシムクサムライ」と関係があるものなので、今日
はこの話をすることにします。
昨日のこぼれ話でも書いたとおり、一般に旧暦と呼ばれる明治のはじめまで
使われていた太陰太陽暦では、大の月・小の月が現在の暦のように固定され
ておらず、毎年その並びが変化してしまいました。
江戸時代の商取引の多くは、盆暮れの年 2回か月末払いという掛け売りが普
通だったそうです。月末払いが多いと言うことは、商人は月の終わりにはあ
ちこちのお得意様を回って集金するわけですが、ここで月の大小を間違える
と困ったことになります。
・大の月を小の月と間違えた場合(晦日が30日なのに29日だと勘違い)
客 「晦日は明日だ。もう一度出直しておいで」
商人「とほほ・・・」
・小の月を大の月と間違えた場合(晦日が29日なのに30日だと勘違い)
客 「月の朔日から集金とは縁起でもない。今月の晦日に出直してこい」
商人「とほほ・・・、とほほ・・・」
二度足を運ぶだけなら仕方ないでしょうが、難癖つけられて支払いを踏み倒
されたりしたら大事ですよね。
また、この時代は月の始めに行事があったり、月によって衣替えが行われた
りするわけで、衣替えの日に着物を間違えると笑いものになってしまいます。
これは恥ずかしい(中学の頃、夏服から冬服への衣替えの日に、夏服で登校
した実体験のあるかわうそ氏談)。恥ずかしいだけならいいですが、武士が
大事な行事の日付でも違えたら、腹切りものなんてことだって無かったとは
言えません。
それで、こうした間違いをしでかさないように生まれたのがこの「大小板」。
大の月・小の月の告知板です。
西村さんが書いてくださったように、裏表に「大」「小」と書いたものや、
文字の形を工夫して「大」の文字を90度回転させると「小」の文字に見える
ようにしたものなどがあったようです。
大小板を今から見れば「面白いもの」ですが、こうしたものでも作らないと
日付が分からなくなってしまう暦というのもなかなか大変でしたね。
「西向く士」だけで済む今の暦で助かった?
◇余談ですが
明治改暦に戸惑う人の様子を題材にした「西向く侍」という短編小説があり
ます(中公文庫 「五郎治殿御始末」浅田次郎著 収録)。
ちょっとおかしくて、ちょっと悲しい話でした。
(『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
magazine.sp@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)
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