日刊☆こよみのページ スクラップブック
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■新年宴会
年の暮れには忘年会、忘年会の記憶も新しい(「忘年会」なのに忘れていな
いじゃないですか!)年明けには早々に新年会と、年末年始はなにかと理由
をつけて宴会が有ります。
さて本日はこの「忘新年会」の片割れ、新年会についてです。
◇新年会は祝日だった
「新年会は祝日です」
といっても、信じてくれないかもしれませんが少なくとも戦前は本当に祝日
だったのです。祝日の名前は「新年宴会」。ズバリ、そのまんまの名称です。
祝日には、その意義内容が有るものですが、この新年宴会という祝日にはい
ったいどんな意義内容があるかというと、
「宮中で行われた新年の祝賀行事」
・・・全然判りませんね。では、宮中で行われたという祝賀行事の内容から
祝日の意味を推測してみましょう。
◇新年宴会の祝賀行事
この日は、宮中の豊明殿に皇族・貴族(華族)・内外高官が招かれて天皇に
拝謁し、膳酒を賜る行事が行われていました。
ただこれは単に宴会だけが別にあったわけではなくて、本来はそれに先立つ
四方拝(しほうはい。祝日。 1/1)や元始祭(祭日。 1/3)とセットになる
新年行事で本来は元日にまとめて行うものでしたが、官公庁の休暇の期間に
当たる12/29〜1/3を避けて、対外的な性質の強い新年宴会を 1/5に移動した
ものと考えられます。
◇ルーツは「元日節会」
新年宴会のルーツと考えられるのは、「元日節会(がんじつせちえ)」とい
う行事と考えられます。この行事は別名「元日宴会」とも呼ばれます。元日
の宴会を役人の休暇の都合で 1/5に移動させると、 1/5で元日宴会でもない
でしょうから、「新年宴会」という名前になったのでは?
この元日節会ですが、開催が恒例化したのはAD 716年(元亀二年)以来。
AD 716と言えば、藤原京から平城京への遷都が行われた年(AD 710)の 6年後。
新年会にはなんと、1300年の歴史と伝統があったのでした。
この元日節会には天皇と群臣百官及び諸国の国司のうち、その日に在京する
もの(たまたま上京しているもの、任官したけど赴任がまだなものなど)が
参加したといいます。参加者の資格をみていると、戦前に行われていた新年
宴会の行事参加者の資格を彷彿とさせるものがあります。
本来は元日の行事が一部分離した形でうまれたこの「新年宴会」という戦前
の祝日は、やがて単なる新年を迎えたことを祝う宴会という意味になり、民
間でも次第にこれを真似て宴会を行うようになったのが現在の新年会。
正月休みの時期を避けて、仕事が始まる時期に日付を移動させた結果として、
家庭内の私的な宴会から、職場などの公的(?)な宴会となっていったので
はないかと私は考えていますが、どうでしょう?
皆さんの中にも「新年会」を計画したり、すでに実行してしまったりした方
がいらっしゃると思います。
新年会はこれから
という方は、新年会がただの宴会ではなくて歴史と伝統に満ちあふれた日本
の年中行事だと胸を張って出席してください。新年会の予定はないな何てい
う方がいらっしゃったとしたら、それはいけません。日本の伝統を守るため
に是非ご計画を・・・。
(『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
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