日刊☆こよみのページ スクラップブック
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■おばけの末裔
こよみのページにはWeb サイト経由、あるいは日刊☆こよみのページ経由で
いろいろな質問が寄せられるのですが、そうした質問の中には暦注に関する
質問が結構あります。その中でもよくよせられる暦注は何かなと記憶をたど
って順位をつけてみると、次のような具合になると思います。
1位 六曜(六輝。大安とか仏滅等々)
2位 九星(一白水星、二黒土星等々)
3位 二十八宿(角宿、牛宿、鬼宿等々)
4位 三隣亡
5位 一粒万倍日
きちんと統計をとったわけではなくて、質問に答えていて「ああまたこの質
問か」と思う頻度のようなものなので多少の順位違いはあるでしょうが、こ
こに挙げたような暦注に関する質問が多いことは間違いありません。
※注意
六曜や九星を果たして「暦注」と云って良いものか悩むところですが、現
在は一般的にこうしたものも暦注だと考えられているようなので、「暦注」
と呼ばせて頂きます。
さて、順位を眺めて気がつくことがあります。
それは何かというと、明治改暦以前の暦に沢山書かれていた由緒ある暦注は
3位の二十八宿以外には入っておらず、大部分が明治の改暦以後、
暦注でござい
と登場した、新参の暦注だと云うことです。
今こうした暦による占いに凝っている方々の多くが興味を持っているだろう、
前述Best(?)5の暦注は、そのほとんどが広く使われるようになってから、ま
だ百年そこそこの歴史しかないものばかり。新人類ならぬ、新暦注です。
◇暦注一族の大絶滅!
新人類ならぬ、新暦注が生まれた時期はほぼ明治改暦の時期に一致します。
明治改暦は、それまで千年以上も使われてきた太陰太陽暦から太陽暦への改
暦という大変革でしたが、この大変革の陰に隠れるようにもう一つの変化も
起こしました。それが新暦注の誕生に関係します。
大変革の陰に隠れたもう一つの変化とは何かというとそれは、
暦への暦注記載の中止
があります。改暦の詔書の中に、それまでの暦の中段・下段という暦注の書
かれている箇所を指して、
妄誕無稽ニ属シ人知ノ開達ヲ妨ルモノ
(でたらめで根拠のない、人知の発展発達を妨げるもの)
と批判する箇所があります。この詔書に沿って行われた改暦作業の結果、こ
れ以降の政府が認めた正式な暦からは、それまでは暦の主役かと思えるほど
隆盛を誇っていた暦注が一斉に姿を消してしまいました。隆盛を誇った由緒
正しい暦注一族は明治の改暦という暦の上の天変地異によって大絶滅の憂き
目を見たのでした。
さて、地球上で恐竜が大絶滅した後に、それまで恐竜の陰に隠れるようにし
て細々と生きてきた哺乳類が恐竜の後釜に座って繁栄したように、由緒正し
い暦注一族が絶滅してしまった後には、それまでごく一部の占い書などにだ
け書かれていたに過ぎない六曜や九星が後釜として座ることになったのです。
暦注など所詮は迷信ですから無くなったって何も問題などなさそうなのです
が、そこはそれ、暦を使うのは人間。人間はそうそう理屈どおりには動きま
せん。それまで沢山あった暦注が全て消えてしまうと、それまでそうした迷
信を信じて日の吉凶判断を行い、これに従って冠婚葬祭の日取りを決めるな
どしていた人たちは拠り所を失います。
拠り所を失えば、とりあえず何かにすがりつきたくなるもの。その「すがり
つきたい」という人々の需要を満たすかのように生み出されたのが、それま
であまり知られていなかった六曜や九星というわけです。こうして暦注の新
興勢力として六曜、九星、三隣亡、一粒万倍日、不成就日などが暦注一族の
主役の座に座ったのでした。
◇新暦注は「おばけの子」
主役の座に座ったと書きましたが、正式な暦には暦注など書いてはいけない
ことになっていたことには変わりがありません。新興の暦注でも大手を振っ
て暦に載せるわけにはいきません。そこで考え出されたのが
1.「暦」では無いものとして発行する・・・合法
2.「暦」としてこっそり発行する ・・・非合法
1 としては引札暦(ひきふだごよみ)と呼ばれるものがあります。これは、
広告の一種で、製品の名前や絵を描いたり、商店の名前と連絡先を印刷した
チラシの空きスペースに暦を書き入れるわけです。
こうしたものは「暦」とは見なされませんでしたので発行しても問題なく、
かつ暦としても利用出来るため、壁に貼って一年間使い続ける可能性が高い。
チラシとしてもポイ捨てされずにすむので「宣伝効果大!」なのです。考え
た人は頭いいですね。
さて、こうした合法路線とは別に、非合法に暦の体裁を真似し、暦注を書き
込んで発行されたのが 2。この非合法の暦を当時は
「おばけ」とか「おばけ暦」
と呼びました。
なぜおばけかと云うと、非合法な暦なので当然取り締まりの対象となります
から、発行者や発行場所は架空のものをでっち上げて、実際の発行場所も取
り締まりを避けて転々としたことに由来します。「つかみ所のないもの」、
つまり「おばけ」というわけです。
現在皆さんが日の吉凶判断によく使っているだろう六曜や九星などの新興暦
注の普及にはこのおばけ暦が大きな役割を担いましたから、現在の主要な暦
注は、「おばけの子」といっても間違いではないでしょう。
六曜なんて迷信だ
そのとおり。何て云ったって「おばけの子」なんですから怪しげであたりま
えなんです。目出度し目出度し・・・。
(『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
magazine.sp@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)
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