日刊☆こよみのページ スクラップブック
(PV , since 2008/7/8)
■天気予報記念日
本日は、天気予報記念日です。
今では、毎日毎日、特に意識することもなく、まるで空気か何かのようにチ
ェックしては、傘を持っていこうかどうしようかなんて考える材料にしてい
る天気予報が、はじめて行われた日です。時は1884年(明治17年)。まだまだ
文明開化の時代が始まったばかりの頃です。記念すべき初の予報はというと
全国一般風ノ向キハ定マリナシ天気ハ変ワリ易シ但シ雨天ガチ
全国、一般には風の向きははっきりと定まらない。天気は変わりやすく、た
だし雨がち・・・梅雨時の天気ですから、これくらいなら「適当」にでも言
えそうな内容ですが、何事もその第一歩はこんなものなのかも知れません。
ところが今では、最初に書いたように、今日は折りたたみの傘を鞄に入れて
おくべきか否かを、毎日の降水確率を見ながら考えるほど、生活の一部とな
り、予報自体もよく当たるようになっています。
明治17年なんていう大昔に戻らなくても、私の子供の頃はまだ、天気予報と
いえば、当てにならない、当たらないものの代表のようにいわれていました
けれど、今はそんなことをいう人はほとんどいなくなりましたね。
◇天気予報は平和なればこそ
1925年(大正14年)に日本でラジオ放送が始まると同時に、天気予報も電波
に載りました。これによって、日本中の人々がその日の天気予報をすぐに知
ることが出来るようになりました(ラジオ自体が珍しかったはずという問題
はこの際棚上げにすればですが)。
ラジオでの天気予報はこの日からずっと続いていて、TVが登場すると天気予
報はTVに進出。そして今ではインターネットで配信されて、多くの人が携帯
電話やスマートフォンで移動中の電車の中でチェックと、時代に合わせて、
さまざまなメディアで知らされるようになって来ています。
しかしこうした流れが一時的ですが中断されたことがあります。その期間と
いうのは、1941年12月 8日〜1945年 8月19日。
大東亜戦争(太平洋戦争)の期間(とその後の数日)です。
戦争の間は、天気は「軍機(軍事機密)」扱いとなり放送は禁止されました。
終戦となって、初の天気予報の放送が行われたのは、1945年 8月20日。
その予報は「晴れ後雨」という簡単なものだったそうです。
この簡単な放送が終わった後、その放送に関係した人達の間には、自然と拍
手が湧いたそうです。
(半井小絵著「お天気彩時記」より)
天気予報を放送出来るということで、戦争が終わったことを実感したからで
しょう。
あるのが当たり前の天気予報ですが、その当たり前の天気予報を知ることが
出来るのは、今の日本が平和なればこそということなのですね。
(『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
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