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■金星の軌道半径は0.7233・・・天文単位の話
 今日、6/6 は「ロールケーキの日」ですので、これを祝して自宅のある建物
 の1階に入っているコンビニエンスストアで売られているプレミアムロール
 なるものを食べながらの日刊☆こよみのページです。

 6/6 といえば・・・ロールケーキの日なのに思い出したのはそれではなくて
 2012/6/6に起こった天文現象でした。
 その天文現象とは、金星の日面経過(金星の日面通過ともいいます)。
 2012年にはそれなりに話題となった現象ですから

  「それ見ました!」

 という人もいらっしゃると思います。
 前回の金星の日面経過が起こった21世紀(2012年)にあっては、日面経過は
 珍しい天文現象の一つに過ぎなくなっていましたが、19世紀にはその観測結
 果が天文学を大きく前進させる重要な天文現象として注目されていました。

 1874年(明治7年)の金星の日面経過では、日本が観測に好適な場所に当た
 っていたいたことから、明治維新後間もない日本に、日本とまだ国交のなか
 った国の観測隊まで来日し、観測を実施しています(観測地は東京、横浜、
 神戸、長崎)。

 日本にまで来て19世紀の天文学者が知りたかったものとは、「天文単位」と
 呼ばれる長さがどれだけのものかということでした。

◇天文単位?
 「天文単位」とは、耳慣れない言葉だと思います。これは天文学、それも主
 に太陽系の天体までの距離を表すために使われる天文学専門の距離の単位で
 す。天文単位は、元々は地球の軌道半径(楕円軌道の場合は軌道半長径)の
 長さとして観測により求められるものでした(現在は定義が変わってメート
 ルに固定された値となっています)。
 太陽系の惑星の軌道半長径を天文単位で表すと、

  水星:0.3871  金星:0.7233  地球: 1.0000  火星: 1.5237
  木星:5.2026  土星:9.5549 天王星:19.2184 海王星:30.1104
  ※理科年表平成25年版による

 と適度な数値で表せて便利です。ちなみに、もしこれをkmで表したとしたら

  水星:57910000 ・・・ 海王星:4498250000

 ちょっと数字が大きすぎて使いにくい。それで今でも「天文単位」は太陽系
 内の距離を表すのに、天文単位は現役で使われる単位です。しかし・・・
 天文単位が使われ始めたのは、使うにはちょうど便利な長さだからではなく
 て、それ以外に、惑星までの距離を測る手段がなかったからでした。

◇惑星までの距離
 今なら、「金星までの距離をレーダー観測で測る」なんてことが出来るので
 すが、そんな技術が無かった時代、惑星までの距離を測る方法としては、距
 離がわかっている二つの地点から見える星の見かけの位置のわずかなずれ
 (視差といいます)を測って三角測量の原理で距離を求める方法か、ケプラ
 ーの第三法則を用いて、その公転周期から軌道の半長径を求める方法くらい
 でした。

 しかし、視差を用いて距離を測る方法を使おうとしても地球の端から端とい
 った、地球上でもっとも離れた二点を用いてもこの視差がとても小さいため
 にその距離を正確に測ることは難しかった(なおかつ、何千キロも離れた地
 点で「同時に測る」なんていうことも出来なかった)ので、長らく惑星まで
 の距離はケプラーの第三法則を用いて得られる値しかありませんでした。
 ケプラーの第三法則とは、

  惑星の公転周期の2乗は、惑星の軌道半長径の3乗に比例する

 というものでした。惑星の公転周期は、地球と惑星の会合周期(太陽と惑星
 の位置関係が「合」とか「衝」と呼ばれる位置関係となり、次に再び同じ位
 置関係に戻るまでの周期)求めることが出来ます。
 仮に、地球の公転周期は1年ですから、地球の軌道半長径を1とすると、

   (公転周期**2) ÷ (軌道半長径**3) = (1**2) ÷ (1**3) = 1.0
   ※ ** は累乗を表す記号とお考え下さい。

 という関係になります。公転周期の単位は「年」ですが、個々で登場する軌
 道半長径の単位はというと・・・これが「天文単位(au)」なのです。

 さて、この関係を金星や火星に当てはめてみると、公転周期は金星が0.6152
 年、火星が1.8809年とわかっていましたから、

  (0.6152**2) ÷ (金星軌道半長径**3) = 1.0
  (1.8809**2) ÷ (火星軌道半長径**3) = 1.0

 となり、それぞれの軌道半長径は0.7233au,1.5237au と求めることが出来ま
 した。どうでしょう? 理科年表掲載の軌道半長径の数値と見比べてみて下
 さい。

 このように地球の軌道半長径、1天文単位を用いれば、レーダーなんて使え
 ない時代でも、ケプラーの第三法則を用いれば惑星までの距離を正確に求め
 ることが出来たのです。ただ、問題なのは地球の軌道半長径の何倍かがわか
 るだけだということ。軌道半長径の長さ、1天文単位が何メートルかがわか
 らないことです。

 もし、金星でも火星でも、どの星でもよいので、その星までの実測値が得ら
 れれば、1天文単位が何メートルに当たるかを知ることが出来ますから、他
 の惑星までの距離も何メートルかすぐにわかるようになります。

◇19世紀当時の金星の日面経過の意義
 19世紀の天文学者達は太陽系の本当の広さを知るために、1天文単位が何メ
 ートルに当たるかを測るチャンスを求めていたのでした。そして、チャンス
 が金星の日面経過観測だったのです。

 金星の日面経過の様子を、地球上の離れた地点から観測することによって、
 金星までの視差を正確に求め、三角測量の原理で金星までの距離が何キロメ
 ートルかを測ろうと考えたわけです。

 離れた地点で同時に観測した結果が必要という問題も、程々正確な時計が出
 来ていたこと、電信技術(無線じゃありません、有線です・・・)を用いて
 時計の進み遅れを確認することが出来るようになっていたことで解決可能で
 したし、視差の測定にも「太陽の大きさ」を基準にすることが可能なので、
 当時の観測装置でも精度よく観測が可能だったのです。
 
 ちなみに、大変期待された1874年の金星の日面経過の観測でしたが、結果は
 地球の大気の影響などによって期待されたほどの観測精度が得られず、期待
 はずれに終わってしまいました。しかし、この時の諸外国からの観測隊の来
 日は、日本の近代天文学発展には大きな影響を与える結果となりました。

 ちなみに金星の日面経過は、金星がその昇降点付近にあるときにだけ観測さ
 れる現象ですから、 6月上旬と12月上旬にのみ起こります。1874年の日面経
 過は12月に起こりましたが、前回、2012年は 6/6に起こりました。
 本日は 6/6という日付で、神戸に住んでいた当時、これを望遠鏡で眺め(写
 真もとりました)たことを思い出して、金星の日面経過にまつわる話を採り
 上げてみました。

 次回に見ることの出来る金星の日面経過はというと2117年12月。
 長生きしても、これを見ることは無理みたいです・・・。

◇最後に余談
 2012年には、神戸に住んでおりました。神戸は、明治の金星日面が観測され
 た場所の一つ。神戸市中央区の諏訪山公園には、「金星台」という、このと
 きの観測を記念した記念碑が建っています(観測したのはフランス隊)。

 2011年には横浜に住んでいたのですが、そのとき住んでいたのは横浜市の野
 毛山。ここも明治の金星日面経過観測場所でした(メキシコ隊)。
 この場所にある神奈川県青少年センターの前には、「金星日面通過観測 100
 周年記念碑」がありました。

 金星日面経過ゆかりの地にほど近い場所に住んでいたこともあって、私には
 なんだか親近感をおぼえる「金星の日面経過」です。
 
  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)
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