日刊☆こよみのページ スクラップブック
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■インターネット上の「入梅」についての誤伝
時折、質問メールを送って下さる真理さんから、ある日、次のようなメール
が送られて来ました。
------------ 真理さんからのメール -------------
こんにちは。
ネットを見るとあちこちで
「昔は、梅雨入りは、芒種から5日目。立春から135日目・・・」という
記述が目につきます。
芒種から5日目は、わかりますが、立春から135日目というのが??です。
また芒種から5日目は、立春から135日目にはなりません。
これらの情報の根拠は何なのでしょう?
----------------- ここまで -------------------
おっしゃるとおり。
おかしいですね。
◇何処がおかしい?
「梅雨入りは芒種から5日」とあるのは、暦の上の入梅を指していると考え
られます。現在は太陽中心の黄道座標が黄経80°となる瞬間を含む日が、こ
れに当たります。
「芒種(太陽黄経75°)から 5日目」とあることから、この太陽黄経80°と
なる日の「入梅」を指しているのはあきらかです。
しかし、そう考えると「立春( 315°)から 135日目」はおかしい。
なぜなら、立春〜芒種までの日数はどの年もほぼ、 122日。立春を 1日目と
数えれば、芒種は立春から数えて 123日目、入梅は芒種から 5日目ですから
立春から数えると 128日目。 135日目になるはずはありません。
◇出るは出るは!
ところが、このおかしな記述が、真理さんのおっしゃるとおり、インターネ
ット上には沢山ありました。
入梅 立春 135
とキーワードをいれて、Googleなどで検索を掛けると、出るは出るは!
おかしいのは、
『今日 6月11日は「入梅」。立春から数えて 135日目にあたり』
なんて書いてあるサイトもかなりあります。今年の暦の上の入梅が 6月11日
に当たるとわかっているのなら、立春(2月4日)から数えてこの日が 135日
目ではなく 128日目と気がついてもよさそうなものですが・・・
(こんな時の計算には、Web こよみのページの「暦の電卓」をどうぞ。
URL は http://koyomi8.com/sub/datecalc.htm です。と宣伝)
◇「誤伝」の源は?
ネットでの検索で引っかかったサイトを読んで見ると、どこも、判で押した
ように同じ文言。これは何処かに共通の「源」があるに違いない。
そう考えて、検索で引っかかったサイトの中で、影響力の大きそうな、参照
されそうなサイトを探してみると、次の2サイトが見つかりました。
コトバンク ( https://kotobank.jp/ )
日本文化いろは事典 ( http://iroha-japan.net/ )
コトバンクで見つかった誤伝記事には、その引用元として日本文化いろは事
典とありましたので、源流は日本文化いろは事典の方とわかりました。
日本文化いろは事典は、以前から知っていた(何かの件で、担当の方とやり
とりしたことがあったとおもいます)しっかりしたサイトです。この記事に
関しても、記事の末に参考文献リストがありました。そこには、
・子どもに伝えたい年中行事
(萌文書林編集部 萌文書林 1998)
・年中行事・儀礼事典
(東京美術選書川口謙二 池田孝 池田政弘 東京美術 1997)
とありました。ということは、この誤伝の源流はこの参考文献の中にあるの
か? この手の本なら、私の本棚にも結構あるはずですので、調べてみると
2番目にあがっていた「年中行事・儀礼事典」はありました。奥付をみると
1997年に出た改訂版第1刷。刊行年からすると、参考とされた文献そのもの
かも。
しかし、こちらには、問題の誤伝記事はありませんでした。
では、最初の本かな・・・。こちらは持っていませんでしたが、年中行事に
関する本であれば、持っていてもよいでしょうから、早速とAmazonで注文。
そして、2日後には、この本で「入梅」の記事を確認していました(本当に
便利な時代になったものだ)。
しかし、こちらの本にも誤伝記事の元となりそうな文面は見つかりませんで
した。折角、源流にたどり着けたかと思っていたのに。
◇源情報は、結局・・・
そうこうしているうちに、質問を下さった真理さんからメールが。
------------ 真理さんからの2通目のメール -------------
先日の入梅は立春から135日のネタ元の一つ?を見つけました。
東京美術選書 18 こよみ事典 川口謙二・池田孝・池田政弘著
平成3年3月20日第九刷発行
の189ページ〜190ページにかけてです。
「二十四節気以外の雑節の一つで、芒種から五日目を中国では入梅と言っ
ている。立春後百三十五日目の六月十日頃にあたり・・・」
の記述がありました。
------------ 2通目のメール、ここまで ---------------
う、質問されたけれど、役に立たないうちに、質問者のほうが回答にたどり
着いてしまったようです。ここで挙げられていた問題の本は、私の本棚にも
並んでいたのに、気がつかなかった。
私の本棚にあったのは、1999年刊行の改訂版第1刷でしたが、この本にも、
この通りの記述がありました。どうやら、これが誤伝の源となった本のよう
です(少なくともその1冊)。
真理さん、調査&報告、有り難うございました(そして、お役に立てず申し
訳無い)。
源流は確認できたようですが、気になるのは「 135日」という日数はどこか
ら出てきたのか。単に何かの思い違いなのでしょうか。
いろいろ考えて見ましたが、どう考えても 135日という日数にはたどり着け
ませんでしたので、今のところ私は「単なる思い違い」と考えています。
それと、この源流本の記述にはもう一つ気になる間違いがありました。
それは、「芒種から五日目を中国では入梅と言っている」という箇所。
暦の上の「入梅」という雑節は日本生まれ。中国から暦が渡ってきたときに
はそんな記述はありませんでした(第一、中国に日本の「梅雨」はありませ
んので、「入梅」もありません)。なんだか、おかしな説明文ですね。
◇誤伝、誤伝
それにしてもですが、インターネット時代は便利である半面、恐ろしいもの
でもあると、つくづく感じました。
こんな単純な間違い文章でも、一旦ネット上にその文章がアップロードされ
ると、簡単にコピー&ペーストできてしまうために、間違ったまま、いろい
ろな箇所で引用され、そして本当の話のように広まってしまうのですね。
怖い怖い。
インターネット上の情報を利用する際には「鵜呑みにしない」ようにしない
と、あぶないですね。
◇「日本文化いろは事典」の記事修正の件
ちなみに、インターネット上の「源」となっていたと思われる「日本文化い
ろは事典」の担当者には、記述の誤りについてメールで知らせたところ、丁
寧な返信メールをいただくとともに、誤っていた説明文もすぐに修正して下
さいました。ご対応感謝。
怪しいサイトもありますが、しっかりしたサイトはそれなりの対応をとって
くれます。インターネット上の情報を鵜呑みにしてはいけませんが、信頼で
きるサイトももちろん沢山ありますので、巧く使って行きたいものです。
以上、インターネット上に蔓延る「入梅」に関する、誤伝、誤伝の数々にま
つわる話でした。
(『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)
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