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■黄鶯睍v、春を告げる「黄鶯」の正体は?
 七十二候の立春次候に

  黄鶯睍v(こうおう けんかんす)

 という、難しい漢字が並んだものがあります。
 立春の次候ですので、現在の暦では二月中旬(2016年では2/9〜13の期間)
 がこの候の頃です。

 現在使われている七十二候の事実上の基準となっている、明治時代の略本暦
 (当時、日本が国として認めていた公式の暦の一つ)に見える言葉で、江戸
 時代の宝暦暦から登場した日本生まれの七十二候の候の一つということにな
 ります。

◇黄鶯睍vの意味
 さて、この「黄鶯睍v」という言葉(とその文字)は日常ではあまりという
 か、ほとんど絶対にお目に掛からない言葉でしょう。意味も良く解らない。
 ということで、辞書のお世話になることにします。
 まずは、いつもの広辞苑。

 【黄鶯】(こうおう (クワウアウ))
  ウグイスのこと
   《広辞苑・第六版》

 なるほどなるほど。
 次に「睍v(けんかん)」の方はというと、
 「けんかん」・・・建艦、県官、兼官、倹艱、堅艦、権官、顕官
 残念ながら、広辞苑には「睍v」に該当する言葉が見つかりませんでした。
 漢和辞典でそれぞれの文字の意味を調べてみると、

 【睍】(ケン)
  でめ。目の飛び出ているさま。
 【v】(カン・ワン)
  大きな目

 【睍v】(けんかん)
  みめよいさま。一説に、鳴き声のよいさま。
 (詩・邶・凱風)「睍v黄鳥」
   《大字源・再版 抜粋》

 ようやく「黄鶯睍v」の意味が見えてきました。「ウグイスの鳴き声のよい
 さま」ということですね、きっと。
 「黄鶯睍v」のままではとても意味が通じないので、こよみのページの七十
 二候では、これを意訳した「うぐいす鳴く」をこの候に当てています。

◇七十二候、「黄鶯睍v」の謎
 ことの起こりは、山猫さんからいいただいた一通のメールでした。
 いろいろ調べて下さった内容が書かれたメールですので、該当する部分を引
 用させていただきます。

 ---- 山猫さんからのメール(抜粋) ----
 今回の質問は、立春次候の「黄鶯睍v」についてです。
 これは「うぐいす鳴く」ということですが、辞書によると、黄鶯とはコウラ
 イウグイスのことだそうです。そして、コウライウグイスを調べると、中国
 産のウグイスで、韓国、中国、北朝鮮、台湾などに分布するものの、日本に
 は稀にしか飛来しないとあります。
 そして、来ても日本海側にしか来ないとあります(ウィキペディアなど)。

 黄鶯睍vは本朝七十二候のはずですが、なぜこのような日本には滅多に飛来
 しない鳥を指定したのでしょう。単に文献からのみこのように書いたのか、
 それとも黄鶯は別の鳥として認識されていたのか。はたまた江戸時代にはコ
 ウライウグイスが飛来していたのか。よくわかりません。
 もしご存じであれば、ご教授ください。
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 確かに。「黄鶯睍v」が中国で生まれたままの七十二候の言葉であれば、黄
 鶯でおかしくはないでしょうが、この候は日本で作られたもの。
 確かに不思議です。

◇ウグイスとコウライウグイス
 ウィキペディアで、コウライウグイスを引くと、写真入りの解説ページを見
 ることが出来ます。今回のメールを頂いて初めて私もこの「コウライウグイ
 ス」を引いたのですが、百聞は一見にしかずとはこのこと。この鳥の写真を
 一目見れば、

  黄鶯

 と書かれる理由が解りました。反論の余地無し。本当に、黄色い。目が覚め
 るほど鮮やかに「黄色い」。特に雄は。あまりに鮮やかなためか、漢詩にも
 「黄鳥」の名で登場するとも。大字源の用例にあった詩経の「睍v黄鳥」は
 まさに、このコウライウグイスの見目の良さ、鳴き声の良さのことだったの
 でしょう。

 ちなみに、雌のほうはというと雄に比べると羽は少々緑がかった色で、花札
 に描かれたあの鶯のモデルかもと思えるものでした(日本の鶯は花札のあの
 鶯の色と全然違います、地味です)。もしかして、花札の鶯って、中国の黄
 鳥(黄鶯)の絵か何かの影響を受けて出来たのかもと想像してしまいます。

 このコウライウグイスは希に迷鳥として日本に飛来することはあるようです
 が、一般に見かけるものではなさそうです。それなのになぜ、わざわざ滅多
 に見ることの出来ないコウライウグイスを七十二候の言葉に採用したのか?

 ここで、もう一つ調べてみました。
 中国本土には、日本のウグイスはいるのか?
 すると、こちらはコウライウグイスとは逆で、基本的には中国では目にしな
 い鳥のようです(ことに、古代に文化の中心だった黄河中流域では)。

 あれ、それならなぜ「鶯」という漢字が出来たのだろう?
 改めて、「鶯」という文字を辞書で引いてみると、

 【鶯】(オウ、うぐいす)
  うぐいす。本来は、こうらいうぐいすをいう。
  もずくらいの大きさの小鳥。
  羽毛や鳴き声が美しい。・・・黄鳥。
   《大字源・再版 抜粋》

 あ、答えがあった。
 私達のご先祖様が、日本の風物、動植物に「漢字」を当てはめていったとき
 に、日本にはいないコウライウグイスを表す「鶯」という文字を、中国には
 いない日本のウグイスに当てはめた。

 今と違って「海を渡って他国に行く」なんてことはほとんど不可能に近い時
 代には、日本に或るものは中国にもあり、動植物も同じものがあるのだろう
 と考えられていましたから、同じ漢字が異なるものを指してしまったという
 ことは、結構あったのでしょう(例えば、紫陽花なんかもそう)。

 中国でのコウライウグイスは、春を告げる鳴き声のよい鳥として古くから知
 られていた鳥で、その役割は日本においては、別の種類の鳥であるウグイス
 が担っていた。そのうえ、詩経のようによく知られた本の中に「睍v黄鳥」
 として登場する(ちなみに、この「睍v黄鳥」が登場する詩のタイトルは、
 「凱風」で、南から吹く穏やかな風を意味します。春から初夏に吹く優しい
 風を表します。)。

 コウライウグイスとウグイスは、生物の分類からすれば異なる種類の鳥です
 が、春を告げる鳴き声の美しい鳥という点では同じ。
 そして、七十二候はずっと漢字のみで書かれていましたから、「うぐいす鳴
 く」を漢語風に「黄鶯睍v」と書き表したのだと考えます。
 おそらく、詩経に登場する「睍v黄鳥」も影響したと想像しますが、いかが
 でしょうか?

 本日は、山猫さんにいただいたメールの御蔭で、面白い想像を巡らすことが
 出来ました。
 山猫さん、有り難うございました。

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
   magazine.std@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)
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