日刊☆こよみのページ スクラップブック
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■平成最後の天皇誕生日に天皇誕生日の話
本日、12/23 は祝日。天皇誕生日です。
来年(2019年) 4月には今上陛下は退位なさり、翌日には新たな元号に変わる
予定となっておりますから、今日が平成最後の天皇誕生日となります。
慣れ親しんだクリスイブの前日の天皇誕生日がなくなってしまうのか。
なんだか寂しいですね。
去りゆく平成という時代の最後の天皇誕生日を惜しみつつ、本日は天皇誕生
日にまつわる話を書いてみることにしました。
◇昔の天皇誕生日
平成の時代となって12/23が天皇誕生日となる前、昭和の時代は天皇誕生日
は4/29。もちろん昭和天皇の誕生日です。
4/29といえば、気候もよい時期であり、 5月のゴールデンウィークと時期が
近かったので大型連休の一部となって、有り難い存在でした。
そのためか、天皇誕生日でなくなった後も
「みどりの日」→「昭和の日」
と名前は変わりましたが、今でも祝日の一つとなっています。
「天皇誕生日」という呼び名は戦後に作られた「国民の祝日に関する法律」
から使われるようになったもので、それ以前の帝国憲法時代の天皇誕生日は
「天長節」とよばれていました。
天長節の「天長」は、老子の第七章の
天は長く地は久し(天長地久)。
天地の能(よ)く長くかつ久しき所以のものは、
その自ら生ぜざるを以てなり。
からとられたそうです。
天は永遠であり地はいつまでもある。天が永遠で地がいつまでもあるのは、
自身の命を育てようとしないからであると云った意味でしょう。
天皇の徳を天に例え天が永遠であるように、天皇の治世が末永く続くように
という意味なのでしょう。明治以降は一世一元でしたから、天皇の治世が末
永く続くということは、同時に天皇陛下の長寿を祝うことにもなります。
ちなみに、もととなった老子の「天長地久」から、天皇陛下の誕生日を天長
節と呼んだように、皇后陛下の誕生日は地久節と呼ばれました。
◇天皇誕生日(天長節)の日付の変遷
明治以降の天皇誕生日(天長節)は、
11/03 (明治時代)
8/31 (大正時代)
4/29 (昭和時代)
12/23 (平成時代)
2/23 (??時代)
となっています。
ちなみに、皇太子殿下の誕生日が2/23で、現時点での予定では即位は 5/1の
予定となっておりますから、来年2019年には「天皇誕生日」という祝日はカ
レンダーには登場しないことになります。ちょっと残念。
まあ、その分、即位やらなにやらと1年限りの祝日が出来るので、祝日の数
は増えますが(ゴールデンウィークが超大型連休かしちゃいますしね)。
さて、上記の天長節の中で、何となく見覚えがある日付がありますね。
明治天皇の天長節、11/3。現在の「文化の日」の日付です。明治天皇の天長
節は、「明治天皇の遺徳を仰ぐ」ということで昭和に入ってから再び、「明
治節」という祝日(昭和2年〜22年)となっていたなじみ深いものだったた
めか、名前は変わりましたが、現在も祝日となっています(日本国憲法の公
布日というのが公の理由ですが)。
脱線ついでですが、明治天皇の誕生日は、嘉永 5(1852)年 9月22日。
11月 3日はこの日付を新暦に直したものです。
◇天長節にまつわる雑話
天長節(天皇誕生日)に関係する話として思い出すのは、「天長節祝日」と
いうちょっと変わった名前の祝日。
これは、大正時代(ただし大正 3年から)限りの祝日でした。
天長節祝日という祝日があったというと、「天長節」はなかったのかという
とさにあらず。天長節は天長節で存在しています。
天長節 8/31
天長節祝日 10/31
どちらが大正天皇の誕生日かと云えばこれは天長節。
では天長節祝日は何かというと、病弱でいらした大正天皇が残暑の厳しい時
期に天長節の各種式典を行うことを厭われたため、式典は寒暑の厳しくない
時期に行うことにしたため、これが「天長節祝日」となったのでした。
さてさて、本日が 12/23という日付での最後の天皇誕生日となりましたが、
一部にはこの日を何らかの形で祝日として残そうという動きもあります。明
治節や昭和の日のような前例があるので、無きにしも非ず。
個人的には、そんなに作らなくともと思っていますが、どうなりますか?
成り行きを見守ってゆくことにします。
(『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
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