暦と天文の雑学 http://koyomi8.com/reki_doc/doc_0020.htm http://koyomi8.com/ こよみのページ
←目次へ戻る  ☆この記事の評価は記事末
年・月・日の干支
   十干(甲乙丙丁・・・)と十二支(子丑寅卯・・・)を組み合わせた六十干支(甲子・乙丑・丙寅・丁卯・・・)を年や日に割り振ることはよく知られています。この六十干支ですが、1〜60まで順に書けば次のようになります。
六十干支表
1. 甲子2. 乙丑3. 丙寅4. 丁卯5. 戊辰6. 己巳7. 庚午8. 辛未9. 壬申10.癸酉
11.甲戌12.乙亥13.丙子14.丁丑15.戊寅16.己卯17.庚辰18.辛巳19.壬午20.癸未
21.甲申22.乙酉23.丙戌24.丁亥25.戊子26.己丑27.庚寅28.辛卯29.壬辰30.癸巳
31.甲午32.乙未33.丙申34.丁酉35.戊戌36.己亥37.庚子38.辛丑39.壬寅40.癸卯
41.甲辰42.乙巳43.丙午44.丁未45.戊申46.己酉47.庚戌48.辛亥49.壬子50.癸丑
51.甲寅52.乙卯53.丙辰54.丁巳55.戊午56.己未57.庚申58.辛酉59.壬戌60.癸亥
ついでに書いておけば、六十干支の組み合わせを書く場合は、

 十干 + 十二支

と書きます。
縦書きすれば十干が上、十二支が下になりますからこれを「天干地支」などということがあります。甲子なら天干が「甲」、地支が「子」ということです。

さてはじめに、六十干支は「年や日に割り振られている」と書きましたが、では「月」はどうかというとご心配なく(?)。年や日と同じように「月」にもきちんと六十干支は割り振られています。

ただし年月日いずれにも六十干支が割り振られているのですが、「月」に関してはちょっとだけ他の二つと違う点があるので、まず年の干支日の干支について説明し、その後で月の干支について書くことにします。
  1. 年の干支
    年の六十干支の使用例としてこれを書いている2008年を考えてみましょう。

     2008年は、戊子の年(つちのえねの年)

    この「戊子」のうち、十干の「戊(「ぼ」あるいは「つちのえ」)」の方はあまり使われることがありませんが十二支の「子(「し」または「ね」)」の方は今でも、

     私は子年(「ねどし」または「ねずみどし」)生まれです

    という具合に、ごく普通に使われます。

    年の六十干支はどうやって決まるかというと、これは「不断」と呼ばれる方法によります。不断などというと難しそうですが内容は単純。単に六十干支の順番に順繰りに割り振られ、最後までいったらまた最初に戻るという循環を無限に繰り返してゆきます(断絶しないので「不断」です)。具体的に見ると次のようになります。

     甲子→乙丑→丙寅→・・・→壬戌→癸亥→甲子→乙丑→・・・

    甲子から始まって癸亥までの一巡りを終えて、再び甲子で始まるというパターンの繰り返しです。きわめて単純な規則です。
    単純ゆえに間違いが少ないため昔の記録などを見ると、

     天保十年己亥

    のように元号を冠した年数表示と並記されることがあります。元号は改元で変わりますが干支の巡りは改元などの影響を受けませんから元号の取り違えなどがあっても、その間違いがすぐにわかります。
    年(元号表記)年干支対応西暦
    文久四年、元治元年甲子1864年
    元治二年、慶応元年乙丑1865年
    慶応二年丙寅1866年
    慶応三年丁卯1867年
    慶応四年、明治元年戊辰1868年
    元号の取り違えなど、一世一元となった現在ではあまりすることもないでしょうけれど、改元が頻繁に行われた時代(たとえば幕末の頃)の元号を見ると右の表のように入り組んでいます。こんな状態ですから「文久四年の何年後が慶応二年か」といわれても年表でも引かないとわかりませんが、

     文久四年甲子の何年後が慶応二年丙寅か

    なら六十干支の表一つを用意しておけばすぐ確認出来ます。この例の場合だと干支の巡りを見れば甲子、乙丑、丙寅ですから、答えは二年後とわかります。

    表を引くのでは年表を引くのと同じだといわれそうですが、年表と違ってこちらは一つの表でずっと使えるという利点があります。仕組みが単純で間違いにくいということは、いいことですね。

  2. 日の干支
    干支の年への使用例を見たところで、月をとばして干支の日への使用例を先に見ることにします。
    では具体例として2008/10/5の日の干支は何かと見ると

     戊寅の日(つちのえとらの日)

    となります。
    日の干支は年の干支に比べると日常で使われることはまれになったと思いますが、祭りや縁日といった伝統行事にはまだまだこの日の干支によって日取りが決まるものがたくさんあります。たとえば、

     稲荷神社の縁日は初午(はつうま)の日 ・・・ 二月の最初の午の日
     土用丑の日 ・・・ 夏の土用の期間中の丑の日

    などが思い浮かびます。
    日の干支はどうやって決めているかといえばそれは、不断です。
    不断についてはすでに年の干支の項で説明したとおり、六十干支が無限に循環してゆくものです。

    年のところで年の干支は改元などに影響されず連続していると書きましたが、日の干支にしても同様。日の干支は改元どころか改暦でも循環は途絶えません。
    明治の改暦、旧暦(天保暦)から新暦(グレゴリウス暦)への改暦の際も暦の日付は不連続(明治 5年12月 2日の翌日が明治 6年 1月 1日)ですが六十干支は連続しています。

    ◆日の干支は改暦とは無関係
    たまに「日の干支は旧暦の日付で計算するのですか?」といった質問を受けることがありますが、この質問はナンセンス。
    日の干支は何日経過したかがわかれば計算可能で、どんな暦法で計算された日付かといった問題とは無関係なのです。

  3. 月の干支
    さて、年と日の干支についての説明が終わったところで「月の干支」の説明を始めます。

    年の干支、日の干支は多少影が薄くはなっていますがそれでもまだ使われることがありますが、「月の干支」となるとますますその影は薄く、目をこらさないとわからないほどですが、それでもあることはあります。

    月の干支の求め方の基本は「不断」です。ここまでなら今までの年や日の干支と同じですけれど、月の干支にはもう一つ決まりがあります。それは、月ごとに干支のうちの十二支が固定されているということです。どのようになっているかは次の表をご覧ください。

    月に固定された十二支(地支)と、組み合わされる十干(天干)
    暦月1 月2 月3 月4 月5 月6 月7 月8 月9 月10月11月12月※参考
    地支 
    天干4,9
    0,5
    1,6
    2,7
    3,8
    表のように十二支は月の数に固定されています。そして一つの十二支と組み合わさる十干は 5種類だけ。そして 5年ごとに六十干支は元に戻ります(5×12=60)から、月の干支は 5年分の表を作れば、ずっと使えることになります。それが上の表です。

    表の右端に「0,5」のように書いたのは、西暦年の下一桁の数字です。西暦年の下一桁をみてこの右端の数値に合致する行にはその年の月の十干が表示されていますから、これと十二支を組み合わせれば、月の六十干支を知ることが出来るというわけです。

    ◆月の干支だけ特異なのはなぜ?
    年月日の干支に関して、月だけは各月に十二支が固定されているなど少々特異です。

    この理由は、十二支が元々暦月の順番を表すために使われるようになった文字(一種の数詞)だからです。そのためそれぞれが暦月に固定されます。中国方式での太陰太陽暦の原型が固まった時代(おそらく周代)には、
    一月(正月):子 二月:丑 ・・・ 十一月:戌 十二月:亥 
    となっていたと考えられます。周代は正月を冬至を含む月に置いていました。その後、漢の時代に正月が、冬至を含む月から立春の頃(「雨水」を含む月)に移動されてしまいますが、その際にも「冬至を含む月を子とする」慣習は残ったため、漢の時代以降は

    一月(正月):寅 二月:卯 ・・・ 十一月:子 十二月:丑 

    と暦月の始め(一月)と月干支の始め(子)がずれてしまうことになりました。そして漢の時代から2000年以上、若干の例外はあったものの、ほぼ一貫して暦月と月干支はこの関係を保って来たため、何時しか月干支に関しては、

    寅は一、卯は二、・・・子は十一、丑は十二 

    を表すように固定して使われるようになりました。
    十二支に関して言えば、特殊に見える暦月の方が元だったんですね。

    ◆ 閏月の場合の月干支は?
    旧暦の場合、およそ 3年に一度の割合で閏月が登場します。
    閏月が登場した場合の月干支はどうなるかというと、これは本月の月干支と同じものと考えます。

    つまり三月の月干支が「戊辰」で、閏三月があれば閏三月の月干支も「戊辰」となります。

  4. 干支の年月日は、新暦? 旧暦? それとも?
     「本当の生まれ年は立春で切り替わる」
      
    なんていう話を聞いたことはありませんか?
    「生まれ年」とは生まれた年の干支のこと(の地支のほうですね)。ということで今回の干支の話と関わりがありますから、ここで考えてみましょう。

    さてこの話は正しいのでしょうか。
    立春で切り替わる年ということですからこの話でいうところの「年」は「節切りの暦」での年だとわかります
    この、節切りの暦は今でも占いをたてる方々にはよく使われる暦です。「節切りの節」とは二十四節気の「節」のこと。立春、啓蟄、清明、・・・がこの節で、この節から次の節の前日までを「月」とするのがこの節切りの暦です。

    現在日本では、日常に使われる新暦(グレゴリウス暦)の他に、旧暦や節切りの暦も場合によって使われますが、この三つは年の初めの位置も月の置き方や長さも異なります。

    では、いったいどの暦を使って年の干支や月の干支を数えるのが正しいのでしょうか?
    答えは、「どれでもお好きに」。

    すでに年月日の干支の割り振り方について説明してきました。
    それは不断という六十干支の無限の循環です。
    そして、この取り決めには、

    甲子の年または月または日の次は、
    乙丑の年または月または日になる

    というだけのことで、年、月、日をどう区切るかと行った決まり事を定めたものではありません。ですからお好きな暦での年月日の区切りでいいのですと申しました。

    「本当はどの暦で考えるのが正しいのか」

    という質問は、「車は右ハンドルが正しいのか左ハンドルが正しいのか」という質問に似ています。右ハンドル、左ハンドルと違いはあるのですが、そのどちらかが正しくてどちらが間違っているという問題ではないことはお分かりいただけるでしょう。
    つまり、「どの暦で干支を調べるのが正しいのか」と問われてもどれが正しく、どれが間違っていると決める根拠は有りません。「どれでもお好きに」というほかありません。
    そして、同じ日であっても暦が違って日付が違えば年や月の干支は違ってきます

    ある日の年・月・日の干支
    暦種別暦別の日付年干支月干支日干支
    新暦2008/02/06(2008)戊子(02)乙卯(06)丙子
    旧暦2007/12/30(2007)丁亥(12)癸丑(30)丙子
    節切2008/01/03(2008)戊子(01)甲寅(03)丙子
    右の表をご覧下さい。
    表は新暦2008/2/6という日の日付を新暦、旧暦、節切の暦で表して、それぞれの年月日の干支を書き入れたものです。ご覧の通り、同じ日であっても日付が異なると、年と月の干支は変化します。それは、年や月は暦によって区切り方が異なるためです。

    一方、暦が変わっても日の干支が同じなのは日の区切りにはそうした違いが無いためです(日本や中国で使われてきた暦は、昔から現在の零時に相当する正子が日の区切りでした)。
    今日の日干支が「丙子」なら、その翌日は丙子の次の干支である「丁丑」となります。この二日の間に月が切り替わろうと年が切り替わろうと、日の干支の変化には何の影響も与えないため、表の中で日干支だけは、三つの暦で日付が異なるにもかかわらず、同じものとなります。

    ◆ 旧暦と新暦での「暦月の干支」の連続性
    ちょっと寄り道ですが、日本で使われている暦が天保暦(旧暦)から現在の暦(新暦)に切り替わった際、暦月の順番の連続性はかろうじてですが、損なわれずにすみました。旧暦の最後の日と新暦の最初の日の日付は

     明治 5年12月 2日 ・・・ 旧暦最後の日付
     明治 6年 1月 1日 ・・・ 新暦最初の日付

    です。明治 5年12月(月干支は癸丑)はわずか二日しかありませんがそれでも12月があって次に明治 6年 1月(月干支は甲寅)がきましたから、「暦月の連続性」は保たれており、公的な暦の月の干支も連続しています。

    この改暦がもし翌年だったとしたら、明治 6年11月12日の翌日が 7年 1月 1日になってしまって、12月がなくなってしまい、暦月の干支の連続性を考えるときには少々困ります。
    なぜなら、明治 6年11月の月干支は甲子ですから、干支は不断という観点からすれば翌月は乙丑となりますが、こうなると「1月の十二支は寅」という規則と合わなくなってしまいます。
    あちらをたてればこちらがたたず。かといって「乙寅」なんてあり得ない干支をねつ造するわけにも行きません。旧暦最後の年が12月まであって、本当によかった。

  5. 年月日の干支の基点
    年月日の干支の話をしてきましたが、ではそれぞれの干支の基点となるのはいつかという疑問が生じます。
    それは「×年○月△日です」と答えられればよいのですが、この基点は2千年(あるいは2千年以上)前の過去のどこかとしかいいようがありません。
    幸いなことは、六十干支は無限に循環してゆきますからどこかの時点での年、月、日の干支がわかればそこから計算が出来るということです。そうした計算上の基点の例としては

     甲子の年 ・・・ 1864年
     甲子の月 ・・・ 1863年11月
     甲子の日 ・・・ 1873年 1月12日 (←この日付は新暦での年月日です)

    といったものがあります。もちろんこれでなければならない訳ではなく、その60の倍数だけ離れた年、月、日であればいつでもかまいません。
  6. 年・月・日の干支計算
    折角なのでここで、年・月・日の干支計算をするプログラムをJavascriptで書いてみました。
    知りたい、年月日を指定して「計算実行」ボタンを推してみてください。
    指定された年、月、日の干支を計算して表示します。
    (※ただし「日の干支」は入力された年月日をグレゴリウス暦で解釈した場合の値となります。)

    年・月・日の干支計算 (1600〜2099年)
    干支(年) (月) (日)

    上の計算フォームには、旧暦や節切りの暦の「日の干支」には使えませんが、旧暦からグレゴリウス暦(新暦)に変換するページは別にありますので、それと併用すれば自分で指折り数えて干支変換するよりは楽ちんだと思います。
    必要があれば、お試しください。
余 談
月の干支についての質問
これが結構あります。
年や日の干支より目立たないので余計に気になるのかも知れません。規則がわかってしまえば月の干支の計算なんて簡単なことなのですが、その簡単な規則がわからないと、難しく感じるのかも知れません。
かく言う私は、「いちいち計算が面倒」なのでプログラムを作ってみましたが、さて、いかがでしょうか。役に立ちますか?
■この記事を評価してください(最高5 〜 最低1)
  良 →  やや良→  普通→  やや悪→   悪 →
■2010.6.1〜現在までの 読者評価   , 閲覧数 

←目次へ戻る
  【↑】前の話題 曜日の順番・曜日の生い立ち
  【↓】次の話題 「大の月・小の月」が出来たわけ
こよみのページ http://koyomi8.com/(http://koyomi8.com/reki_doc/doc_0020.htm) 暦と天文の雑学