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「大の月・小の月」が出来たわけ
  

 月の軌道はかなりゆがんだ楕円形であり、そのため地球と月の距離は大きく変化し、同じ満月でも大きく見えるときと小さく見えるときがある。これを称して「大の月・小の月」

・・・・・・・冗談です(最後の部分だけはね)・・・・・・・

馬鹿なことばかり書いていると信用を失ってしまうのでここから先はまじめな、「暦の上の大の月・小の月」について書いてみることにします。
●大・小の月の起源
月の満ち欠け 大の月・小の月が出来た理由は、おそらく現在使われている太陽暦ではなく、太陰暦に起因すると考えられます。

 太陰暦はご存じのとおり月の満ち欠けの周期を基にした暦です。天文学が発達する以前でも、月の満ち欠けは目立つ現象ですから、月の満ち欠けの周期性を取り入れて暦を作る発想は自然に生まれたと考えられます。このため多くの文明で生まれた古い時代の暦は「太陰暦」であったことがうかがえます(痕跡しか残っていないものも多いけれど)。

 太陰暦のもとになる月の満ち欠けの周期は平均して29.530589日(平均朔望月といいます)。小数点以下1桁に丸めると平均朔望月は約29.5日となります。朔望月を29.5日と考えてもその日数には端数の0.5があり、このままでは使いにくいのですが、暦月の日数を29日と30日としてこれを交互に入れてやると

  29.5 × 2 = 59 = 29 + 30 (単位は、「日」)

となります。これは簡単で解りやすい。こうして太陰暦ではごく自然に「大の月・小の月」が生まれました。これが大・小の月の起源でしょう。

●太陽暦の暦月の日数
 現在使われている暦、太陽暦では、このような大の月小の月を考える必要性はありません。現に現在の太陽暦のもととなったと考えられている古代エジプト暦では、暦月の日数は30日でみんな同じ。大小月の区別はありませんでした(太陽暦においては1年を12の「暦月」に分ける必然性自体がありませんが、そんな太陽暦であった古代エジプト暦も暦月があるのは、エジプト暦もその始まりは太陰暦であったという痕跡でしょう)。
 古代エジプト暦のように1月を30日にすると、12ヶ月で 360日であり、1年の長さには5〜6日足りないので、エジプト暦では「月に属さない余日」 5日を年末に付け足していました。
 
●太陽暦と大小の月の出会い
 古代エジプトの合理的な暦に出会って、これを元にローマの暦を作ろうと考えたローマ帝国のユリウス・シーザーは「余日」という考え方は導入せず、代わりに太陰暦当時の「大の月・小の月」の発想を取り入れて、大の月(31日)と小の月(30日)を作り、これを交互に並べて1年を構成するという改良を加えました(彼自身がしたわけではもちろんありません。部下の学者に作らせた)。こうして生まれたのが「ユリウス暦」です。
 大の月6と小の月6で、31×6+30×6 = 366 日 閏年ならこのまま。平年ならどこかで1日減らす操作をすれば 365日となります。仕組みは単純で解りやすいことからこの方式が取り入れられ、こうして太陽暦にも「大の月・小の月」が生まれました。
カレンダー 現在世界中で広く使われているグレゴリウス暦(太陽暦の一種)は、ユリウス・シーザーの制定した「ユリウス暦」の一部改良版であり、基本的な部分は同じです。そのため、現在私達が使っている暦にも大の月と小の月の区別があります。
 こうした仕組みだけを考えると、大の月は31日、小の月は30だけで、大小月の並びもほぼ交互になったはずですが、残念ながらそうはなっていません。理屈どおりにならない理由は、暦の連続性であったり、社会の慣習であったり、政治上の都合であったりという人間の事情が影響するためです。
 こうした人間の事情による改変(改悪)があって、現在の私達が使っている暦の暦月の日数は解りにくい並びになってしまいました。2月の日数だけ例外的に28日(うるう年は29日)になっている理由もこうした人間の都合によるものです。

 今回は暦月に大の月・小の月が生まれたかという話でしたが、この大の月・小の月の生まれた原因と考えられる太陰暦の仕組みと、そうした太陰暦の一種で明治の初めまでは日本の正式な暦であった「旧暦」の大の月・小の月についてもまたそのうちに書いてみたいと思います(いつになるやら? 気長にお待ち下さい)。

後日追記(2009.09.14)
旧暦(太陰太陽暦)での「大の月と小の月」の決め方 
 旧暦の大小月の並び順についてはまたいずれ書くとして、「どうやって大の月、小の月を決めたのか」についてだけ簡単に説明しておきます。

 旧暦は月が朔(新月)を迎えた日を暦月のはじめの日(一日、朔日)とする暦なので、どの月を大の月、どの月を小の月にするかと云うことを考える必要がありません。朔となる日付を計算すれば暦月の大小は自動的に決まってしまうからです。

 旧暦の暦月は月が朔となった日に始まり、次の朔の日の前日に終わります。朔の日は天文学的、暦学的計算によって決まっていますから

  朔から次の朔の日の前の日までの日数、
  つまりその暦月に含まれる日数

を数えれば、その日数は30日か29日のどちらかになるので、日数が30日なら大の月、29日なら小の月と決まってしまいます。つまり、まず朔日ありきで暦月の大小が決まるのであって、「三月は大の月で四月は小の月」のように最初から決められているわけでは無いのです。
(詳しい旧暦の仕組みについては、「旧暦と六曜を作りましょう」をお読み下さい)

余 談
暦は合理的なもの?
 記事の中に「人間の都合で暦月の大小の並びや日付が変えられた」という話にふれました。実は、こうした人為的な暦の改変はいろいろな時と所で行われています。暦は合理的なものと考えられがちですが、使うのが私達不合理な人間なものですから、こうした合理的でない改良(?)があちこちでなされて、暦をわかりにくいものにしています。
 困ったことではありますが、そうした改変の跡をみると、人間が何を考え、何を怖れたのかなど考える材料にもなって面白い。だから、こよみのページはやめられないのかな?
無茶言わないで
「旧暦の×月31日」が新暦のいつになるか変換しようとしたら、出来ません。プログラムを直してください。」
というメールをいただいたことがあります。そ、そんな無茶な! 
何が無茶かって? その理由は皆さんで考えてください(正解しても何に出ませんけれど)。
※記事更新履歴
初出 2003/08/01
修正 2009/09/14 (文章追加(追記))
 〃 2014/07/10 (文章修正・画像追加)
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