イースターと二つの日付
イースターと二つの日付
 この記事を書いているのは2022/4/16の土曜日、そして明日2022/4/17の日曜日はキリスト教で最も重要とされる祝祭日、イースター(復活祭)の日。それに気がつきましたのでこの記事を書くことにしました。

 さて、明日はイースター(復活祭)というキリスト教において最も重要な祝祭日なのですが、この日付を単に「明日の4/17」とせずわざわざ「2022/4/17」と西暦年まで書いたのには理由があります。それは、このイースターと呼ばれる祝祭日の日付は年によって変化する「移動祝祭日」だからなのです。

卵とウサギ 移動祝祭日といえば、現在の日本の祝日(「国民の祝日に関する法律」)の中にも年によって日付の変わる移動祝日が存在します(2022年の段階では春分の日・秋分の日・成人の日・海の日・敬老の日・スポーツの日の6つ)が、日本の移動祝日の日付の移動は1日〜1週間程の移動に過ぎませんが、イースターは年によっては1ヶ月以上も移動してしまう、なかなか大胆な移動祝祭日です。

 イースターの日付はなぜこんなに大きく変化するのかというと、それはイースターの日を決めるためのやや複雑な決まりに原因があります。そしてその「複雑な決まり」は現代ではキリスト教と言う枠を越えて、キリスト教徒でない人々(私もその一人)にも大きな影響を与えています。この記事では、イースターの日付の計算の仕組みと、キリスト教徒以外にも与えた影響について説明していきたいと思います。

教皇 グレゴリウス十三世
ゴレゴリオ十三世
 まず最初に、現在私たちが日常で使っている暦について、ちょっと触れてみます。私たちが普段使用している新暦などとも呼ばれている暦は、グレゴリオ暦と呼ばれる暦です。このグレゴリオ暦の名前は16世紀のローマ教皇、グレゴリウス十三世の名に由来するものです。

 グレゴリオ暦は1582年の途中から、それまで使用されていたユリウス暦に替わって使用されるように暦で、その名にローマ教皇の名が冠されるのは、それまでヨーロッパの多くの国々で使われていた、ユリウス暦からこの暦への改暦を命じたのが、この教皇であったからです。でもなぜ、「暦」の修正にローマ教皇が関係しているのでしょうか? そこには、キリスト教教会にとってもっとも大切な祝祭日であるイースターの日付と暦との密接な結びつきが関係しています。

※イースター(復活祭)について・・・言い訳?
 一般には「イースター」と呼ばれることが多いかな? と思いましたので、記事のタイトルは「イースターと二つの日付」としたのですが、私自身で言うとイースターより「復活祭」という言葉の方がしっくりくるものですから、以後は「復活祭」と書くことが多くなります。復活祭の方が文字数も少ないし・・・ということで、以後は専ら「復活祭」という言葉を使うことをお許しください。

復活祭の二つの日付 
 この復活祭の日付ですが、西方教会(カトリック、プロテスタント他)と東方正教会(ギリシャ正教、ロシア正教他)とでは異なった日付となることがあります。異なった日付となる場合があると書きましたが現実には、異なることの方が多く、最近の 5年を見ると次のような日付となります(※2024年、更新)。
西暦年西方教会東方正教会
20243/315/05(4/22)
20254/204/20(4/07)
20264/054/12(3/30)
20273/285/02(4/19)
20284/164/16(4/03)

 ()内の日付は、この日に対応するユリウス暦の日付です。なぜこのようなことをしているのかというと、東方正教会においては、現在でも復活祭の計算にはグレゴリオ暦ではなくてそれ以前に使われていたユリウス暦の日付を用いるためです。

 ご覧のとおりで、今年は西方教会系と東方正教会系では、復活祭の日付が異なることが多いです。。とはいえ全然一致しないというわけでもありません。双方の日付けが一致する年をもう少し範囲を拡げて探すと
西暦年西方教会東方正教会
20254/204/20(4/07)
20284/164/16(4/03)
20314/134/13(3/31)
20344/094/09(3/27)
20374/054/05(3/23)

 のように一致する年もあります。割合としてはおよそ5〜6年に1回くらいと言ったところです(※表は2024年に更新)。

暦と復活祭の日付 
 復活祭とは、イエスが十字架にかけられ、三日後にキリストとなって復活したことを記念した日。キリスト教的には新約的世界の始まりの日ともいえる極めて大切な日です。キリスト教には様々な祝祭日があり、キリスト教圏の国々ではこの祝祭日を記録した教会暦に沿って長い間一年を過ごしてきました。その教会暦において、もっとも大切な祝祭日が復活祭で、他の多くの祝祭日は復活祭の日付との関係で決められていました。ところがこの復活祭の日付が何時になるのかというのは厄介な決めごとによっていて、御蔭で毎年その日付が移動してしまうのです。その厄介な決めごととはどんなものかというと

  復活祭は「春分の日」以後の満月の日の後の最初の日曜日

 実際の計算にはもう少し細かな規則を考慮しないといけないのですが、基本は上に書いた規則です。なぜこんな規則が生まれたかといえば、それは聖書に記されたキリスト復活の日です。聖書によればイエスは、過越しの祭礼(パスカ(Pascha))の時期にエルサレムに入城し、間もなく捕らえられて十字架にかけられます。この十字架にかけられた日が有名な「十三日の金曜日」です。そして復活の日はこの日から数えて三日目(つまり日曜日)。これが復活祭の日付を決定する元になります。

 過越の祭礼は、ユダヤ教の過越節(すぎこしのせつ)。過越節はユダヤ暦の「ニサン(Nisan) の月十五日」に行われます。ニサンの月はグレゴリオ暦やその前身であるユリウス暦の三月に相当する月です。

 ところで、ここに問題があり有ります。それは、ユダヤ暦は太陰太陽暦で、太陽暦であるグレゴリオ暦やユリウス暦とは、年ごとに月の関係が変化してしまうことです。更にどの月がニサンの月になるのか、その月の始まりはいつかといったことは最終的にはユダヤ人会議がこれを決定することです。
 もし聖書の記述の通り、ユダヤ暦から復活祭の日付を求めるとすれば、自分たちの信仰するキリストの復活の日(いわば、神様の誕生日)が異教徒が決める暦によって左右されることになるわけです。キリスト教教会としては、これはどうしても受け入れがたい事柄です。そのため、ユダヤ暦によらずに独自に復活祭の日付を求める方法をいろいろと研究することになりました。

ユダヤ暦から独立した復活祭の日付 
 ユダヤ暦によらないとはいいながら、だからといって復活祭の日付はなんでも良いというわけにはいきません。出来るだけ聖書に書かれた事柄を忠実に再現したいのです。そこで計算の規則を考える上で、聖書に書かれた次の事柄に着目しました。
  1. 過越節はユダヤ暦の「ニサンの月」にある。ニサンの月は、ローマ暦(当時はユリウス暦)の 3月に相当する月である。
  2. 過越祭はニサンの月の15日に行われる。太陰太陽暦であるユダヤの暦の15日は満月の時期である。
  3. イエスが十字架に掛けられたのは金曜日で、その日から三日目にキリストは復活した。つまり復活の日は日曜日である。
 ローマの暦では 3月は春分の日を含む月です。またローマでは春分を一年の初めであるという春分年初の伝統が有りましたから、 3月はその年の始まりの月でもあります。義の太陽とも呼ばれ、また世界と時間を支配する者であると考えられるキリストの復活を祝うには、この春分の時期は最適の時期でした。こうした条件から生まれた復活祭の日付の計算規則は『復活祭は「春分の日」以後の満月の日の後の最初の日曜日』というものでした。

復活祭の日付の統一 
 ローマ帝国では当初キリスト教は禁教で、キリスト教徒の弾圧がしばしば行われましたが、AD 311年に信教の自由を認めた勅令(ミラノ寛容令)が発せられて以来、キリスト教は公の活動が出来るようになり、急速にその勢力が拡大します(キリスト教がローマ帝国の国教となるのはAD 380年のこと)。
 こうして広大なローマ帝国およびその周辺国にキリスト教が広がってゆくと困った問題が発生しました。それは、それぞれの地域の教会が行う復活祭の日付が異なることがあることです。
第一回ニケア公会議
第一回ニケア公会議
AD325年に各地のキリスト教教会の代表が集まって開かれた最初の公会議。ニケア(現トルコ共和国イズニク)で開かれた。
 大まかな復活祭の日付の決定方法は決まっていましたが、細かな解釈のちがいによってしばしば教会毎に計算の結果が違って、この異なった復活祭の日が出来てしまったのでした。この問題を是正する方法はAD 325年ニケア(Nicaea)で開かれたキリスト教最初の公会議(教義や教会法制定のために世界の教会、修道会等の代表者が一同に会して行う会議)で話し合われることになりました。その結果、それまでいくつかあった復活祭の日付の決定方法が統一され、これ以後は全ての教会で同じ日付に復活祭が行われるようになりました。

 なお、このニケア公会議で春分の日は3/21とすることも決定されたため、キリスト教圏の多くの国々では今でも天文学的な春分の日ではなく、この固定された春分の日を用いることが多いようです(日本は天文学的春分日に基づいています)。また、「満月の日」も平均朔望周期から求めた月齢が14の日として求められるもので、天文学的満月とは必ずしも一致しません。

再び分裂した復活祭の日付 
 ニケア公会議でひとまず復活祭の日付は一つにまとまりました。ところが長い年月の間に、思わぬ問題が現れてきました。それは春分の日が3/21であることと関係します。

 ニケア公会議が行われた時代はユリウス暦が使われており春分の日は3/21という定義もユリウス暦の日付による定義です。このユリウス暦には暦の1年の長さが実際の1年よりわずかに長いという欠点があります。因みに、どれくらい長いかというと1年で11分ほど。わずか1年に11分の差ですが、128年たてば1日の差となります。更に長年月が過ぎればこの差が積もり積もって、暦の上での春分(3/21)と天文学的な春分の日付が大きくかけ離れてしまう結果になりました(下表参照)。
年代によるユリウス暦日と春分日のずれ  このままでは流石に問題があると言うことでAD1582年にローマ教皇グレゴリウス十三世が改暦を命じ、以後使われるようになった暦が現在我々が使っているグレゴリオ暦です。

 この改暦ですが普通に考えれば「春分の日」を改暦当時(AD1582年頃)の天文学的な春分日であった、3/11に変更するところでしょうが
 「春分の日は3/21とする
とニケア公会議で決定されていますから、春分の日を変更することはせずに日付を10日間ずらす(10日間を暦から削除)するという操作をしました。暦の連続性より、教会の決定事項を優先した改暦だったわけです。

 復活祭の日付も以後はこの新しい暦に沿って計算されるようになり、従来からの計算方法を若干修正して運用するようになりました。さて、これだけでは「復活祭の日付が二つ」になることは有りません。では何が問題なのでしょうか?

 この問題は暦の問題ではなく、キリスト教の教会間の問題でした。この時代には、キリスト教は既に一枚岩ではなくいくつかの宗派に分裂していました。そしてこのグレゴリウス十三世の改暦は、あくまでもローマ教皇を頂点とするカトリックだけに通用する改暦であるとして、他の宗派はこれを認めず従来の暦、従来の計算方法を踏襲したのです。

 ただし、宗教の世界と現実の世界には違いもあります。グレゴリオ暦はそれまでのユリウス暦に比べて暦としては優れたものであったため、現実の世界ではこちらの方が使いやすいということで、カトリック以外の宗派やキリスト教以外の国々にも徐々に浸透して、現在では多くの国々の日常の暦として使われるようになっています。とはいえ、日常生活では便利なものを使うとしても、宗教行事についてはニケア公会議当時の暦(ユリウス暦)を用い、当時の規則を遵守して計算するべきと考える宗派があり、この結果、再び復活祭の日付は二つに分かれてしまいました。

 以下の二つの表は、東方正教会系と西方教会系のそれぞれの計算方式による復活祭の日の計算手順をAD2022年を例として春分、満月、日曜というキーワードに沿ってまとめたものです。
東方正教会系の計算方式(ユリウス暦による計算)
2022年の東方正教会方式の復活祭
西方教会系教会の計算方式(グレゴリオ暦による計算)
2022年の西方教会方式の復活祭

 現在カトリック他、西方教会と呼ばれる教会では新しい暦、グレゴリオ暦による復活祭を、ギリシャ正教他の東方正教会と呼ばれる教会ではユリウス暦による復活祭を祝っています。

 復活祭を教会の規則通りに計算するために改暦(ユリウス暦からグレゴリオ暦へ)したとか、宗派の違いから計算結果が異なることになるとか、復活祭の二つの日付を見る度に感じるのは、「暦」は善くも悪くも人間の生きてきた歴史を反映して作られたものなのだなということです。
余 談
満月ではない「満月の日」
 復活祭の日付の計算に度々登場する「満月の日」は平均朔望周期から求めた月齢14の日のことで、現在の天文学的な「満月の日」とは一致しません。また平均朔望周期を用いたといってもその周期そのものが復活祭の日付の計算を決めた昔に使われていた古い値ですので、長い年月の間に誤差が積もり積もって、現在では大分ずれてしまっています。
 
復活祭の最も早い日付、最も遅い日付
 復活祭は「春分の日」以後の満月の日の後の最初の日曜日
と書きましたが、満月の日が日曜日だったらどうなるの? なんて疑問も浮かんできます。こんな場合、復活祭の日は満月の日の1週間後の日曜日となります。
3/21が満月だったら? というとこちらは大丈夫。3/21の満月の日からそのまま数えます。よって復活祭の日付は
 最も早い日付 3/22 
 最も遅い日付 4/25 
となります。もちろん東方正教会の場合は更に上記の日付をグレゴリオ暦に直した日と言うことになります。
※記事更新履歴
初出 2022/04/16
更新 2022/04/26 図表追加。余談文章加筆。
更新 2024/03/01 イースターの日付けの表の年を更新。
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