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「2月だけ、なぜ28日なんですか?」
この質問は、こよみのページに寄せられる質問のうちでBEST5 に必ず入るであろう話題です。既にこのコーナーの「投稿記事」にこれに関連する詳しい記事があるのですが、今回はこの「2月が28日になったわけ」だけに話を集中してみます。
(現在使われている「西暦」について(投稿者:カズさん)もお読み下さい)
2月が28日になったわけ(要約)
細かな話を書いたら、うーんと長くなったので「詳しい説明の必要がない」人ように要約を書いてみました。
- 昔は2月が年末だった(3月が年の始めだった)。
- 1年の日数と月の日数の調整(閏)を年末に行った。
- 後に1年の始めが1月に移っても、閏の調整は2月で行う慣習が残った。
- ユリウスの改暦の際に大の月を31日、小の月を30日とし交互に並ぶようにした。ただ、こうすると1年の長さより平年で1日長い暦が出来るので、2月の日数を1日減らして調整(2月は平年29日、閏年30日となる)。
- 8月をローマ皇帝アウグストゥスの名前に改名した際、本来小の月の8月を大の月に変更し、9月以降も大小の月の並びを変更した。
- 上記5の改変のため、暦の上の1年の日数が1日増えてしまったため、調整のため2月からさらに1日日数を減らした(2月は平年28日、閏年29日となる)
で現在に至っております。これで一応要約終了。
では、長い解説を読むのがいやだなーと思う方は、この辺でさようなら。お疲れさまでした。
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ここから先は、長い説明でも平気なあなた(チャレンジャー、物好き、暇人、ETC....)に贈る、詳細解説です。
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●歴史的な経緯
現在多くの国々で用いられている暦はグレゴリウス暦といわれるものです。この暦は西暦1582年から用いられているのですが、これはそれ以前に使われていたユリウス暦の閏日の入れ方のを改良したものです。今回の話題はグレゴリウス暦の前にあったユリウス暦誕生直後のいくつかの事件に関係あります。
●ユリウス暦について
西暦紀元前45年、ローマの終身独裁官ユリウス・カエサル(シーザー)はそれまでの暦法の乱れを取り除いた正確な暦法の使用をローマ帝国全土に布告しました。この暦法が「ユリウス暦」と言われるもの。
ユリウス暦の骨子は、
- 1月を年の始めとする。
- 大の月は31日、小の月は30日を原則とする。
- 1月を大の月とし、以後大の月と小の月を交互におく
- 1年を365日または、366日として2月の日数で調整する
- 4年に1度、1日の閏日を入れる
- 閏日が入る場合は、2/23と2/24の間に入れる
とまあ、こんな具合です。
これから考えると、2月は29日(平年)乃至は30日(閏年)です。まあ、1年の長さが決まっていることを考えるとどこかにしわ寄せがいくのですから、これに関しては妥当な考えと言えそうですね。
●人名の付いた月名
現在の暦で
- 7月
- July (Julius ユリウス)
- 8月
- August(Augustus アウグストゥス)
とローマ皇帝(独裁官・執政官)の名前が付いた月が2つあります。一つは改暦を断行したユリウス・カエサル(シーザー)、もう一人はカエサルの後継者アウグストゥス。
月名の多くは神々の名を冠していることを考えると、名が月名になるということは「神々に列する」大変名誉なことだったのでしょう。当時のローマ元老院が時の最高権力者に阿ってそれぞれの皇帝にとって記念になる月(よく誕生月と言われますが、これは違います。彼らが偉大な功績を残した月を記念しています)にそれぞれの皇帝名をつけたものです。
●大の月と小の月の並びの改悪
ユリウス暦の始めに大の月と小の月の並びは交互で、規則的でしたが8月に皇帝名がついたときに「改悪」が為されました。
本来なら8月Augustは小の月で30日だったはずですが、皇帝名をつける際、前例のカエサルと同じ扱いにしたいため7月と同様に8月を「大の月」に改変してしまいました。 単に「小の月」ではまずいと考えたのか、それともローマでは偶数はよくない数字と考えられていたために日数を奇数とするため大の月にしたのか定かではありませんが、とにかく「小の月→大の月」という変更が起こりました。
さて、こうなると「7,8,9」と大の月が3ヶ月も連続してしまいますので宜しくありません(真面目な話、税金の日割り計算などに不都合が起こる)。そこで8月以降の大の月と小の月の順番もこの際入れ替えてしまおうと言うことで「大小の月の並びが混乱」する事となりました。
●かくして2月は28日に
さて、前段までの解説の通り話が進むと1つ困ったことが起こりました。始めは1年に大の月6回、小の月6回でしたので
31×6+30×6 = 366
でしたので、閏年は何の問題もなし。平年は365日なので1年の日数が1日上記計算より少ないので、2月を1日減らして調整しておりました。
ところが、大の月と小の月の並びの変更に伴って、大の月7回と小の月5回、
31×7+30×5 = 367
と1年との差がまた1日増えてしまいます。しかたがないのでこの1日分を2月の日数で調整。これによって、2月は28日(平年)と29日(閏年)という日数になってしまいました。めでたしめでたし(めでたくないか?)。
●最後の疑問・なぜ2月なのか?
問題は解けたように思えたかもしてませんが、1年の日数と月日数の合計の調整をなぜ2月に行うかという問題が残っておりますね。
- 2月は年末の月?
- 今でこそ年の始めが「1月」なんてことは当たり前ですが、昔はそうでもなかったのです。古代ローマにおいては現在の1,2月に当たる冬の時期は「冬籠もり」の季節でほとんど重要な活動は行われなかった。このためこの時期は「暦に載らない日々」でした。そのため、月の名前も10月分しかありませんでした。1年のうち60日を「数えない」なんて何ともびっくりですが、現にそんな暦もあったのです(この当時の年始は現在の3月。春とともに1年が始まったわけです)。
- まあ、そんなのどかな時代もいつまでも続きませんのでこの冬の時期も暦に載るようになります。紀元前8世紀、古代ローマ皇帝ヌマ・ボンピリウスが暦に2ヶ月を追加しました。このとき追加されたのが現在の1月と2月。追加ですから、ごく普通に今までのあった月の後ろに付け足されたわけで、そのため2月は年末の月と言うことになりました。。
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- 日付の調整
- ヌマ暦は実は太陰暦で、平年は355日しかありませんでした(日本の旧暦もほぼ同じ日数)。で、時々閏月を入れて調整していたのですが、この調整が2月(当時の年末の月)に行われていました。
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- 2月23日〜24日の間で調整?
- ローマでは2月23日に国境(ターミナス)の守護神テルミヌス(Terminus)を祀る盛大な祭りが行われていました(テルミナリア(Terminalia)と呼ばれた)。一種の軍事国家だったローマでは国境の神は国家の基礎を守る重要な神ですので、その祭りは盛大を極めたとか。人々の間ではこの祭りが来ると「年末」考えるようになったようです(紅白歌合戦がある日が大晦日・・・)。そのため閏月を入れる場合は、この祭りの翌日から入り、閏月が終わるとまた2月24日から普通に日数を数えるということが行われていました。
- ユリウスの改暦は、暦の合理的な面に重点を置いて行われたのですが、この強烈な「年末の祭り」の慣習は打破できなかったのか閏日はこの祭りの翌日に入れていました。
- ローマ帝国の衰退とともに、このテルミナリアの祭りも失われ現在は2月に閏日を入れる習慣だけが残っています。現在の閏日は2月29日ですが。
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- 年始の移動
- 初めは「春が年始」ということで3月が年始とされていましたが、1月の名前になっているヤヌス神(Januarius)がローマの守護神であることから、農耕技術や経済の発達のために、冬も停滞の季節でなくなってくると、ヤヌス神の月が年始にふさわしいと考えられるようになり、公的な年始はこの月に移動しました。
- もっとも、日本の旧暦と同じように民間ではそれ以後も3月を年始と考える慣習が長い間残っていたようですが。
次の表は今までの説明をざっと表にまとめたものです参考までに御覧ください(重要な変更点は、赤文字で表示)。
| 月 | ヌマ暦 | ユリウス暦 | ユリウス暦 アウグストゥス改暦 | グレゴリウス暦 現在の暦 |
| | 名称 | 日 | 名称 | 日 | 名称 | 日 | 名称 | 日 |
| 1 | Martius | 31 | Januarius | 31 | Januarius | 31 | January | 31 |
| 2 | Aprilis | 29 | Februarius | 29 | Februarius | 28 | February | 28 |
| 3 | Maius | 31 | Martius | 31 | Martius | 31 | March | 31 |
| 4 | Junius | 29 | Aprilis | 30 | Aprilis | 30 | April | 30 |
| 5 | Quintilis | 31 | Maius | 31 | Maius | 31 | May | 31 |
| 6 | Sextilis | 29 | Junius | 30 | Junius | 30 | June | 30 |
| 7 | September | 29 | Julius | 31 | Julius | 31 | July | 31 |
| 8 | October | 31 | Sextilis | 30 | Augustus | 31 | August | 31 |
| 9 | November | 29 | September | 31 | September | 30 | September | 30 |
| 10 | December | 29 | October | 30 | October | 31 | October | 31 |
| 11 | Januarius | 29 | November | 31 | November | 30 | November | 30 |
| 12 | Februarius | 28 | December | 30 | December | 31 | December | 31 |
本当は「簡単に」書くはずが、結構長くなってしまいました。読むのが大変だったかもしれませんが、とりあえず2月が28日しかない理由はご理解いただけましたか?
本当は「月の名前がずれた理由」なども併せて書きたいのですが、長くなりましたのでそちらはまた項を改めて書くことにしたいと思います。
- 余 談
- 年末の祭り、テルミナリア(Terminalia)
- 年末の祭り Terminalia が物事の終わりを表すようになったためでしょうか、この語が語源となる Terminal(ターミナル)は、終点や終着駅という意味ですね。
- 閏年・Bisextum
- 閏年のことをBisextum(ビセクスタイル)と言います。これは「朔日の6日前の日が2度ある年」という意味だそうです。3月朔日の6日前というと2月23日。閏日がこの日の後に挿入されていた頃の名残なんですね。
- 皇帝の名前のついた月
- カエサルやアウグストゥス以外にも皇帝の名前を月の名前に使用という話はありました。有名なところでは暴君として知られたネロ帝、そしてドミティアヌス帝。ドミティアヌスは自分以外にも、自分が敬愛したカリグラ帝の名前を残そうとしたことがありました。幸いすぐ無くなりましたが。
- またコンモドゥス帝に至っては、全部の月の名を自分の名前(及び敬称)に変えてしまったと言うこともあります。幸いこれも残っておりません。
- これと対照的なのが、アウグストゥスの後継者ティベリウス帝。側近が11月を「ティベリウス」と改名してはどうかと進言したところ、
- 「この先、皇帝が13人になったらどうするつもりか?」
- といって、この進言を退けたとか。賢明でしたね。
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