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なぜずれる? 二十四節気と季節感
   まずは誤解の無いように
 二十四節気と季節が合わないというとすぐに

 「それは、新暦と旧暦の違いによるのですね」

と考える方がいらっしゃいますが、これは二十四節気について正しく理解していない方が往々なさる誤解です。この誤解については暦の上では「××」ですがに説明を書きましたのでそちらを読んでください。
 今回の話は二十四節気と季節のずれの原因が現在の二十四節気成立の経緯や誕生の場所にあるのではないかという話です。くれぐれも誤解の無いように。

二十四節気が季節に合わないのはなぜ? 
 二十四節気の「立秋」が8月7日頃と気候的には「盛夏」の時期に来るように、実際の季節と「暦の上の季節」は1月くらいずれているように感じます。なぜでしょう?
 私は二十四節気にはその成因によって二つの系統の名前があると考えています。そして二十四節気と季節のずれの原因はその系統によって異なっていると考えています。

 二十四節気の名称を見て行くと、天文現象に由来するものと、気象や動植物、農作業などから来たのではないかと考えられるものの二つの系統の名前があります。どの名前がどうかということの説明は、二十四節気が出来る過程に関係あることなので、それについて書いた二十四節気の誕生に譲ることにして、ここではそれぞれの系統毎の季節とのずれの理由を考えてみることにしましょう。

●天文的・準天文的(暦学的)な二十四節気名と季節の関係
 話しの元になった立秋は、立春・立夏・立冬と合わせて、四立(しりゅう)といい、準天文学的(「二十四節気の誕生」では「暦学的」としています)な由来のもので、暦学上の概念的な夏と秋の境として考え出されたものと思われます。成立経緯からすると、感覚的な季節とは元々直接の関係が無かったことになります。
おそらく準天文学的に成立した「立秋」について後付的に、

夏の性質はなんと言っても「暑さ」。
その特性である暑さが衰えるということはすなわち次の季節である秋の兆しだ。

 暑さの衰えは最も暑い時期、つまり暑さの極まったときの直後から始まると考えることが出来る。「立秋」はこの最も暑い時期の直後にあって条件を満たしている。
正に秋の始めと呼ぶにふさわしい。


と考えるようになったのではないでしょうか。
天文学的な意味合いの、二至二分を考えても、「冬至」「夏至」は冬の至り、夏の至りといいながら、最も寒い時期、暑い時期ではないように気候ではなく、あくまでも太陽の位置(日差しの強さ、昼の長さと言い換えることも出来ます)で求められたものです。その二至二分から導き出された四立もまた気候を示すものとして有ったものではなく、準天文学的に生み出された後で季節を示す印として利用されるようになったのだと考えられます。

●気象・動植物・農作業に関連した二十四節気名と季節の関係
 「雨水」「清明」「啓蟄」「穀雨」「芒種」など、気象や動植物の生育、農作業など季節と一致しているはずのものも、やや我々の感覚からすると季節とずれた感じがあります。
気象や、動植物、農作業などは直接季節と関係しているはずなので、これは変です。なぜこんなことが起こるのでしょうか。
 ここで考えられるのは、二十四節気が遠く中国の殷の時代(完成はもっと後)に黄河の中流域で生まれたものだということにその原因が求められるのではないでしょうか。
二十四節気と気温 殷の都の跡である殷墟にほど近い中国の太原市と東京・京都の月別平均気温を調べてみました(CD-ROM版理科年表から、1961-1990年の30年間のデータを使用)。
 太原市は東京とほぼ同じ緯度にありますが、大陸の内陸部にある太原市と海に囲まれた島国日本の中にある東京とでは、大分気温が違うことが判ります。
季節名称月日備考
立春2/04頃四立
 雨水2/19頃 
 啓蟄3/05頃 
 春分3/20頃二分
 清明4/04頃 
 穀雨4/20頃 
立夏5/05頃四立
 小満5/21頃 
 芒種6/05頃 
 夏至6/21頃二至
 小暑7/07頃 
 大暑7/22頃 
立秋8/07頃四立
 処暑8/23頃 
 白露9/07頃 
 秋分9/23頃二分
 寒露10/08頃 
 霜降10/23頃 
立冬11/07頃四立
 小雪11/22頃 
 大雪12/07頃 
 冬至12/21頃二至
 小寒1/05頃 
 大寒1/20頃 
 気象・動植物系統の名前は多いので、図にすると読みにくいので、最初に話題となった立秋などの四立と二至二分だけを書き入れてみました。図に書き入れていない節気については、右下の表におよその日付を示しましたので、それぞれの日付をこの図と対応させてみてください。

 これを見て判ることは、太原市の気温変化は、日本の東京・京都の気温変化より一月ほど早い方向にずれていることです。

 立春・立秋などをみても、日本ではその後に最も寒い、あるいは最も暑い時期が来るのでおかしな感じがします。一方、太原市の気温を見ると立春・立秋に先立って暖かくなり始めるあるいは、涼しくなり始めることが判ると思います。
 これならば、立秋の日に「暑いけれど、前よりはいくらか涼しくなった。夏も終わりだ」と感じるのも理解できそうです。

 気温の変化を示すグラフがこのようにずれているのは、先に書いたとおり大陸の内陸部にある太原市と、海に囲まれた日本の東京や京都の差と言えそうです。

 また、「芒種」(種まき)の時期は、現在の暦では6/5前後と、日本ではちょっと遅すぎ、白露が9/7前後と早すぎるよう思える点も、年平均気温が東京より10℃近く低い太原市の気候を考えると、納得できるのではないでしょうか。

 二十四節気は中国古代に生まれました。そのころの文化の中心は現在の太原市が位置する黄河中流域でしたから、二十四節気の「節気の名称」にその地の気候が反映されたのは当然のことです。そしてそれが遠く離れ、気象条件の異なる日本に伝えられてきても、そのままの形で使い続けられているのですから、我々の感じる季節と二十四節気の間にずれがあるように感じられるのは仕方のないことでしょう。
余 談
二十四節気と季節感のずれには以前から、なぜだろうと漠然と疑問を持ったまま過ごしておりましたが、今回の記事でどうやら疑問への一つの解答を得た気がします。
さて、今回のこの解答は「正答」、「誤答」いずれでしょうか?
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