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クリスマス
    12月も半ばを過ぎる頃になると、街にはクリスマスの飾り付けが溢れ、クリスマスソングがどこからか聞こえてきます。今では日本においても完全に年中行事として定着したクリスマスについて考えてみましょう。

  1. クリスマスはイエスの誕生日? 
    クリスマスは何の日かと質問すれば、返って来る答えは

     「イエス・キリストの誕生日」

    となりそうですが、どうでしょうか?
    クリスマスケーキ 福音書の記述にはイエスの誕生日が書かれていません。
     そのためキリストの誕生日は福音書が書いている誕生の前後の事実から推定するしかないのですが、推定されたいくつかの誕生日の候補の中に、12/25 というクリスマスの日付は見つかりません。
     たとえば、イエスが厩で生まれたとき、一番最初にこれを祝福に訪れたのは近くで野宿していた羊飼いであったとされていますが、冬のこの時期には氷点下にまで気温が下がるというシナイ半島で羊飼いが野宿しているというのはかなり無理が有ります。大体冬の草のない時期に、羊飼いが荒野で野宿する必要性がありません(草がないので、この時期に放牧するはずがない)。この羊飼いの記述が事実であるとすれば、イエスの誕生日は初夏の頃辺りが相応しそうです。

  2. クリスマスはイエスの「誕生を記念する日」 
    十字架  イエスの降誕記念日については三世紀始め頃、アレキサンドリアのクレメンスが5/20と推測しています。これだと、先に書いた「初夏の頃」に合致します。
     現在の12/25 がクリスマスとして祝われている記録はAD336 のローマの行事を記述したフィロカロスの暦が最古と言われています。ここには12/25 にキリストはベツレヘムでお生まれになったと書かれているということですが、これは史実としての日付と言うより

     「太陽の誕生の日」

    と考えられた日付に「義の太陽の誕生」という意味で当てられたものだろうといわれています。キリスト教歳時記(八木谷涼子著・平凡社新書)によれば、12/25 日はイエスの「誕生を記念する日」であって、この日にナザレのイエスが生まれたと本気で主張するクリスチャンは子供を除いてはいないとのことです。残念ながら私の身近にはクリスチャンがいないので、その事実を確認してはおりませんが。

  3. キリスト教の布教とクリスマスの関係 
     キリスト教は世界宗教として拡がって行く過程で、聖人の記念日の多くをキリスト教布教以前にその地で行われた行事の日付に当てるという戦略をとってきました。
     これは、その地域で行われている行事はそのままにして、行事の意味だけをキリスト教的なものにすり替えることによって、大きな抵抗を受けることなく、徐々にキリスト教的世界観に人々を感化する戦略といわれます。
     12/25 のクリスマスもこの戦略の一環。この日は当時のローマでは「冬至祭り」の意味のある祭りの日で、キリスト教以前にローマ帝国で広く信仰されていた太陽崇拝のミトラ教では、

      不滅の太陽の誕生の日

    として大々的に祝われる日だったのです。
     太陽の誕生日が、冬至に当たっていたこの日とされたのは至極当然と考えられます。この至極当然と考えられる「太陽の誕生の日」をキリスト教では

     義の太陽(すなわちキリスト)の誕生の日

    と言い換えることによってキリストの誕生を祝う日へと変質させていったのです。太陽を「義の太陽」というキリストの象徴に置き換えたということですから、人間としてのイエスの誕生日という意味はそこにはないことがお解り頂けると思います。あくまでも象徴としての「キリストの誕生を記念する日」なのです。

  4. 二つのクリスマス 
     西方教会と呼ばれるローマ・カソリックやプロテスタントの多くの祭礼の日付は現在のグレゴリウス暦で決められています。これに対して東方正教会と呼ばれる正教会系の教会では祭礼の日付はユリウス暦を用いている場合が多いので、ユリウス暦での12/25 に当たる日、現在なら、翌年の 1/7がクリスマスとされています(すべてがそうなっているわけではなく、日本の正教会系の教会では、クリスマスだけはグレゴリウス暦での12/25 日としているところもあるそうです)。

  5. クリスマス・イブ(Christmas Eve)と一日の始まり 
     Christmas Eve のEve は、Evening(イブニング:夕べ、晩)を表す言葉です。
     現在の日本では日付の区切りは午前零時です。この感覚からすると、クリスマス・イブはクリスマスの前夜と受け取られがちですが、キリスト教を生み出したユダヤの地で使われたユダヤ暦では日没が日付の区切りと考えられていました。
    クリスマスケーキ 現在の暦に慣れた私たちからすると奇異な感じがしますが、日出や日没を一日の区切りと考えることは、それ程奇異なものではありません。現にイスラム暦では今も日没が一日の区切りで、一日は日没から始まります。

     ユダヤ暦もこうした、日没に一日が始まる暦でした。一日の始まりを日没に置く考えからすれば、現在の 12/24の夕方はクリスマス 12/25の始まりなのです。キリスト教の教会のミサがこの 12/24の夕方から25日の午前中に集中するのは、こうした行事の源泉が日没を一日の始まりと考える暦を使っていた時代にあったと考えると、その理由がよくわかります。

  6. クリスマスの準備開始、アドベント 
     日本ではクリスマスが一種の「年末商戦の代名詞」(?)の如くで、11月も早い時期からツリーが飾られたり、クリスマスソングが街に流れたりして、ひょっとすると「世界で一番早くクリスマスの準備を始める国」となってしまっていますが、こうした商業活動ではなくて、きちんとした宗教行事としてのクリスマスの準備はアドベントと呼ばれる期間に行われます。
     アドベントは日本語では待降節(たいこうせつ)または降臨節(こうりんせつ)などといいます。
    ※キリスト教でも東方教会ではアドベントという考え自体がないそうですので、これは西方教会系の諸派の話となります。

     キリスト教では日曜日を主の日(主日)と呼びますが、カソリックやプロテスタントではアドベントの最初の日曜日(第一主日)がクリスマスの準備に入る日とされています。アドベントの第一主日は11/30 の聖アンデレの日かそれに最も近い日曜日に始まるとされます。よってこの日付は11/27〜12/3の間で変化します。
     アドベントはラテン語で「到来」を意味する adventus から来た言葉でキリストの降臨を意味し、またキリストの降臨を待ち望む期間を意味する言葉でもあり、待降節とか降臨節と訳されます。カソリック等の西方教会の教会暦の一年はこのアドベントの最初の日から始まることになっています。アドベントの始まりの日からクリスマスまでには、主日が必ず 4回入るようになっており、この期間はクリスマスにそなえた断食の期間でした(現在は流石に断食は行われていないようです)。

    クリスマスケーキ アドベントの期間に飾り付けられるものに、アドベント・クランツ(Advent kranz)があります。これは永遠の命の象徴であるモミやトウヒの木の枝(冬でも葉を落とさない針葉樹)で作った円形の飾りです。これを水平に据えてその間にロウソクを 4本または 5本並べたものがそれです。このロウソクの一本ずつに、日曜日が巡る毎に順に灯を灯すそうです。
     先に書いたとおりアドベントの期間には 4回の主日(日曜日)が巡ってきますから、 4本のロウソクに灯が灯るとクリスマスは直ぐそこに来ているというわけです。5 本目を飾る場合は、クリスマスの日に 5本目に灯を灯すことになります。

  7. クリスマス・ツリーはドイツ生まれ 
     クリスマスの話の最後は、クリスマスの準備には欠かせなくなったクリスマス・ツリーの話で締めくくることにします。

     今ではイエス・キリストの誕生を祝うクリスマスには無くてはならないクリスマス・ツリーですが、これはキリスト教が生まれた中東や世界宗教への拡大が始まったローマなどで生まれたものではありません。深い森に住むゲルマン人の間にキリスト教が伝道され、ゲルマン人の間にあった巨木信仰がキリスト教に取り込まれて生まれたのが、クリスマス・ツリーだったといわれています。

     伝説によれば、ドイツにキリスト教を伝道したウィニフレッド(ボニファティウス)という宣教師がドイツの深い森の中で、巨木の周りにかがり火を焚き、幼児を生け贄にして雷神トール神をなだめる冬至祭り行おうとしている村人達に出会い、

     「神は幼児の生け贄など欲してはいない
      それどころか、人々の救い主として神の幼子を与えてくださったのだ」

    とキリスト教の神の愛を説いて、そのまま巨木を囲んでクリスマスを祝ったことが、クリスマス・ツリーの始まりだとされています。宗教革命で知られるマルティン・ルターが子供達を喜ばせるためにモミの木を飾り付けしたことが広がったといわれています。

     クリスマス・ツリーはドイツではクリストバウム(Christbaum,キリストの木の意味)と呼ばれるそうです。飾り付けにも意味があり、土台となる常緑のモミの木は「永遠の命」を、枝に着ける赤いリンゴは「愛」を、ローソクは「信仰」を、天辺に着ける星は「希望」を象徴するのだそうです。

     ちなみにクリスマス・ツリーは年が明けた 1/6の公現日まで飾るものだとか。日本の場合、飾り付けは異様なほど早いだけでなく後かたづけもかなり早い。年明けの公現日までどころか年の暮れにはすっかり取り片付けられて、正月の松飾りに取って代わられてしまいます。あっという間に・・・。
余 談
ほんのちょっとのはずだったのに
 ほんのちょっとのつもりで書き始めたクリスマスの話でしたが、気がつけば結構な大作になってしまいました。日本の年中行事としても、もうなくてはならないものになったクリスマスですから、仕方がないですかね。
 毎年12月になると「今年こそ書こう」と思いながら、ズルズルと書かずに来てしまったクリスマスの話、苦節×年目でようやく、書くことが出来ました。ああ、すっきりした。

 苦節×年目にして、やっと書いたクリスマスの話ですが、宗教的な意味や成り立ちなどを考えながら書き進める間に何度も考えてしまいました。
 
  日本のクリスマスって、いったいなんだろう?
 
と。うーん、所変われば品変わるとはいいますが、少なくとも「宗教的な行事」では無くなってしまっているかも?
どうでしょうね?
※記事更新履歴
初出 2013/12/23
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