或る一日
(2005.8.1[月])
梅雨が明けて一つ目の台風が通り過ぎて、あたりはようやく夏らしい風景となった。 仕事場は、海に突き出した岬の上にある。 海面からの高さは60m程。
このあたりの岬の多くは海からこれくらいの高さのまで急峻な崖が立ち上がり、その上には平坦な土地が広がっている。 地元ではこのような場所を「平見」と呼んでいる。 平地が広がるといってもそこは岬の上、それほどの広さではない。 仕事場のある「平見」も東西ともほんの150mも進めば、急な傾斜で切れ込んだ谷か海へ落ち込む崖となっている。
職場の建物は、谷と崖に挟まれた狭い土地を耕した畑に囲まれて建っている。 水は得にくい場所であるが、元来雨の多い地域だから作物は雨水だけでも何とかなるらしい。日当たりはと言えば、何一つ遮るもののない地形であるから抜群である。 畑にするには上々の場所なのだろう。土地が狭く切り立った地形の上に有るため、大型の農業機械などは使えない。そのために、近頃は畑をやめてしまう人も多い。
仕事中に屋上から眺める畑のいくつかは、草に埋もれ、篠竹に埋もれている。 人が去えば、数年であたりは全て、草や篠竹に埋もれてしまうのだろう。 真昼の陽の下で深い茅の野と変わってしまったかつての畑を見下ろしながら考えた。 風が、茅の葉を翻し、波の模様を残して渡っていった。
勤務を終えた夕方、見上げると空はまだ明るかった。 昼間茅の野を渡っていった風はなく、葉擦れの音は消えていた。 背の高い茅の葉も、その茅の葉から抜け出て咲く鬼ユリの花も、じっと夜の訪れを待っているような夕暮れ。 虫が、茅の根方でおずおずと鳴き出した。
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