二つの季節の間に咲く藤の花
二つの季節の間に咲く藤の花
 今回の話は藤の花とその花の咲く季節の話です。
 ちょっと暦の話らしくない話なのですが、おつきあいください。

 5月の連休が近づき、暦の上ではそろそろ春が夏へと季節が替わる頃になると、新緑に彩られた小山のあちこちに緑に交じって紫の色が目に付くようになります。初夏の山に藤の花が咲いているのです。紫の色の花の正体は藤。藤の花の色ですから紫色ではなくて藤色と言うべきでしょうか。

 藤はマメ科の蔓性植物。他の木に巻き付いて大きく成長する生命力旺盛な植物です。木に巻き付いた藤が房のように連なった沢山の花を咲かせると、巻き付かれた木は根元から天辺まで藤の花で飾り付けられたクリスマスツリーのようになります。花の季節以外は木の葉の緑に埋もれてしまって近くによらないと存在に気付かない藤ですが、春から夏へと季節が変わるこの時期だけは、その藤色の花のために遠くからでもその存在に気が付きます。
ノダフジ(野田藤)
ノダフジ
ヤマフジ(山藤)
ヤマフジ

 藤は北アメリカや東アジアに分布し、日本にも自生します。日本に広く分布しているフジ(ノダフジ)とヤマフジは日本固有の種です。
 ちなみにノダフジは野田藤で、昔大阪の野田(現在の大阪市福島区野田付近)が名所であったから付いた名前で蔓は右巻き。ヤマフジは山藤で山野に普通に見られた藤ということでしょう。蔓は左巻きで、ノダフジとは逆巻きです。
籐の椅子 藤はまた、古くからいろいろな役に立つ有用植物としても知られておりました。その蔓は丈夫な綱となり、吊り橋の重要な材料でした。また椅子や籠を作る材料となりました(右写真参照)。その皮からは繊維を取り出して藤衣(ふじごろも)とか荒栲(あらたえ。「荒妙」とも書く)と呼ばれる目の粗い織物の材料となり、藤紙と呼ばれる紙の材料とされたこともありました。また、若芽や花は食材ともなりました。本当に役立つ植物でした。
 さらに藤には、そうした実用性の他にも、その長く垂れ下がった花房の形が実った稲穂を連想させることから、秋の豊作を約束する目出度い花としても愛されてきました。藤と藤の花は日本人にとってなじみの深い植物であり、なじみ深い花なのでした。

◇春と夏、二つの季節の間に咲く花 
 藤は古くから親しまれてきた植物ですから藤以外にも「紫草(むらさきぐさ)」「松見草(まつみぐさ)」「二季草(ふたきぐさ)」などの異称があります。紫草はその花の色から、松見草は松の木などに絡み付く姿から生まれた名前でしょう(和歌にも「松に藤」という表現がしばしば登場します)。では二季草は? どうやらその名は春と夏の二つの季節の間に咲く花であることから、名づけられたもののようです。明治の作家、斎藤緑雨は藤について
青皇の春と、赤帝の夏と、
行会の天(ゆきあいのそら)に咲くものなれば、
藤は雲の紫なり
青皇と赤帝の間

と書いています。春と夏の二つの季節の間に咲く藤の花色を見事に説明したものです。ここでいう「青皇の春と赤帝の夏」とは、五行説による季節の色を踏まえた言葉です(次表参照)。
五行木気火気土気金気水気
季節土用

(朱)

(玄)

 青色の春と赤色の夏の行合う空に咲く藤の花は、春の色と夏の色が混ざり合った紫色なのだとは、なんとも面白い、素敵な説明ではないでしょうか。
 確かに藤の花の時期は4~5月頃で、この頃になると長い花房に花が咲きだします。5月の上旬には立夏を迎え、暦の上では季節は夏となりますから、4月から5月は春と夏の交代する時期ということになります。なるほど、二季に咲く花ですね。
 全国の気象台では、動植物の生育の様子や行動を観察して記録する生物季節という観測が行われています(毎春話題となる桜の開花時期の観測もこの一つ)。藤(ノダフジ)の花も気象庁の生物季節の観測対象となっており、毎年地域ごとにその開花の日付が記録されています。この記事を書いている時点では、下記の気象庁のWebサイトにノダフジの開花日についてまとめられた資料がありました。

 のだふじの開花(生物季節観測累年表 1953-2020年)
 https://www.data.jma.go.jp/sakura/data/pdf/007.pdf 

 この資料から、8地点の平均の開花日を抜粋したものが次の表です。
のだふじの開花日
(1991~2020年の平均開花日)
鹿児島 4/09宮崎  4/08京都  4/18東京  4/19
長野  4/28盛岡  5/14青森  5/18函館  5/24

 この記事を書いている時点での私の居住地に最も近いのは京都ですので、その日付を見ると、平均的には4月の下旬に藤の花が咲きだすことになります。藤の花に気が付いたのがいつ頃だったかと思い返してみると4/20を過ぎたあたりでしたので、どうやら今年は、平均的な年だったようです。そして只今、立夏を過ぎて2日目。藤の花はまだまだ元気。今年も無事に、春と夏の二つの季節の間にその紫の花を咲かせています。
 気象庁のように観測するのは大変でしょうが、身の回りの草花の様子から季節の変化を読み取ってみるのも楽しいものです。さて、今年の藤の花はいつ頃咲くかな? なんて。
余 談
藤の蔓、藤の実
 田舎育ちの私にとって、藤は昔から遊び仲間でした(勝手に仲間にしてました)。木から垂れ下がった頃合いの藤蔓があればターザンごっこが始まりましたし、夏の終わりに藤の蔓から垂れ下がった大きな鞘(12cm~20cmくらいになります。これを見ると「確かにマメ科の植物だ」と納得します)に入った実があれば、取ってきておはじき代わりにして遊んでいました。
 田舎の子供の私には、藤は確かに「有用植物」でした。
 
藤棚
藤棚 藤の楽しみ方といえば、藤棚があります。
 藤は生命力旺盛で、一本でもその蔓を伸ばして広い藤棚をその花で埋めてくれます。そんな藤棚の下で初夏の風に揺れる藤の花房を眺めていると「日本に生まれてよかった~」なんて思ってしまいますね。
 ちなみに、花が終わって夏本番を迎えるころになると、藤棚は藤の緑の葉に覆われて暑い日差しを遮ってくれます。藤棚の下から外の眩しい風景を眺めているときも「日本に生まれてよかった~」なんて思っちゃいますね。
※記事更新履歴
初出 2022.05.06
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