節分と豆まき
節分と豆まき
 「鬼は外、福は内!」

 2月のカレンダーに切り替わって間もない頃、あちこちの家からこんな声が聞こえるようになります。節分の豆まきの声ですね。
節分とは
 元来、節分とは「季ける」ことから「節分」です。現在では節分といえば立春の前日だけを指すようになりましたが、季節の始まりを示す立春、立夏、立秋、立冬の前日はいずれも節分の日なのです。

四季と節分 現在のように立春の前の節分が特に重視されるようになった理由は、旧暦の時代はこの節分の日が年末~年始の時期にあたったことから、年越しの行事と融合して単なる季節を分けるものではなく、一年を分ける日と考えられるようになったからでしょう。

 ちなみに、立春前の節分の日は旧暦では十二月十五日~正月十五日頃の範囲で年によって日付は変わりますが平均するとちょうど大晦日辺りに落ち着くのです。例として2001~2005年の節分の日付を示します。日付は新暦ではこの5年間は全て 2/3 ですが、旧暦では
  1/11 , 12/22 , 1/3 , 1/13 , 12/25(旧暦の日付)
と変化しますが、全て年末年始の期間の日付となることが判ります。長崎県壱岐島などでは節分の日を「昔の年取りの日」と呼んだという例もあり、かつてはこの日を一年の区切りの日と考えていたことがうかがえます。

節分と豆まき
梅幸の豆まき
梅幸の豆まき図
 節分の日には、炒った豆を年神に供えたあと、その豆を年男(その年の干支の生まれの男性)が「鬼は外、福は内」と呼ばわりながらまきます。このときまかれた豆を自分の年の数だけ、あるいは年の数+1だけ拾って食べ、一年の無病息災を願う風習があります。
 この豆まきの行事は、中国から渡来し宮中で行われた「追儺(ついな)」という儀式と、節分の日の方違え行事の中の「豆打ち」という、豆やカチグリをまく儀式が融合したものだといわれます。追儺は「鬼やらい」とも呼ばれる行事で、弓矢などで悪鬼厄神などを追い払うもので鎌倉時代末頃までは大晦日に行われていましたが、室町時代頃からは節分の日に行われるようになりました。既に書いたとおり、節分の日は旧暦では年末~年始の時期であり、正月行事と日付が重複、または連続するものであったので、正月行事の一部が節分の日に移った例と考えられます。

なぜ豆をまく?
 立春の前日の節分に豆をまくという行事には、春を迎えるための呪術的な意味があると考えられます。森羅万象を木火土金水の五性の組み合わせで説明しようとする中国古代に生まれた五行説では、春は木性であり、丸くて固い穀物の豆は金性に分類されます。木性と金性は

相生は強める関係
相剋は弱める関係
五行と相生相剋
 金剋木 (金性は木性にかつ)

という関係になります。金属の刃物で木が伐られるように金性は木性を損なうという考え方です。金性の力が強いと木性の春の訪れは阻害されて遅れてしまいます。そのため、春の訪れを阻害させる金性の力を弱めようというのが豆まき行事だというわけです。

 豆まきの豆は、まず火で炒られます。金属は火で加熱されると融けてしまいますから火には弱いものです(五行説では「火剋金」という関係)。ですから金性の豆を火で炒る行為は金性を弱めることになります。力を弱められた金性の豆はさらに、まかれる、あるいは鬼に向かって投げつけられるというひどい扱いを受けることでさらに力を失います。こうして金性の力を弱めることで春の訪れを促そうという呪術的な迎春行事が豆まきだというわけです。

 また、この豆まきで追われる鬼は、日本では古くは「隠(おに)」の文字で表される陰気を象徴するものでした。鬼を追い払うという豆まきは、陰気を祓って陽気である春を呼び込むという儀式でもありました。暖かな春が早く来ることを願うという気持ちは、今も昔も同じということでしょうか。
方違えと豆まき
 平安時代には、節分の日に新しい年の恵方にあたる方角にある家に宿を取るという風習が有りましたが、室町時代頃にはこれが簡略化され、家の中の恵方にある部屋に移るというようになりました。この際、あらかじめ新しく移る部屋を祓い清める意味でその部屋に豆を撒いたといいます。これが現在の豆まきの原型でしょう。

イワシの頭
柊と鰯の頭 節分の日には「鰯(イワシ)の頭も信心」などといわれる鰯の頭を焼いて、柊(ヒイラギ)の枝に刺し、家の入り口に挿す風習があります。これは鰯の頭の悪臭と鬼の目突きとも呼ばれる柊の棘で、邪気が家に入るのを防ぐという意味があります。「邪気」も悪臭や柊の鋭い棘は苦手と見えます。
珍しい風習
 「九鬼」などのように鬼が名字に入る家では、「鬼は内、福は内」ということがあるそうです。
 また、群馬県鬼石町は節分の日に全国から閉め出された鬼を迎えてくれる町だそうです。他にも奈良県吉野の蔵王堂の節分会では「福は内、鬼も内」と唱え、これも全国から追い払われた鬼を救い、仏門に帰依させてくれるそうです。
 捨てる神もあれば、拾う神もあるということですね。

豆まきと鬼 今回は「節分と豆まき」と題して、広く行われている節分の豆まき行事についてとりあげてみました。近頃は住宅事情その他によって、家の外に向かって豆をまくなんていうことは難しくなってきたようにも感じますが、こうした行事は出来るだけ残してゆきたいものですね。
 さて、今年あなたは「鬼を追う人」、それとも「追われる鬼」どちらの役割を演じるのでしょうか?。
余 談
論語の中の「追儺」
 論語、郷党篇には
「郷人の儺には、朝服してそ階に立つ」
という一文があります。「儺(おにやらい)」は鬼を追い払うという意味。孔子の生きた2600年前の中国にすでに節分の豆まきのルーツが有ったわけです。

和歌山県南部のローカルな鬼の目突き
メギ(鬼の目突き) 私の自宅は和歌山県の南紀地方と言う処にあります。節分の日に使う、鬼の目突きといえば柊が定番の植物ですが、和歌山のこの地域では違った植物を使います。「目木(メギ)」という植物がそれです。見れば確かに鋭い棘があり、鬼の目突きという名にふさわしい姿をしています。
 この地域以外でも、こんな風に柊以外を使うところってありますか?

恵方を向いて、太巻きを食べる?
節分と恵方巻き 関西では、節分の日に「恵方を向いて太巻きを食べる(くわえる?)」とか。明治時代に大阪の船場辺りで生まれた行事といわれますが、現在のように全国で広く行われるようになったのは海苔屋さんの宣伝の結果だとか。昭和30年代に海苔の需要拡大に、この恵方巻きの風習を利用したのだとか。ま、チョコレートとバレンタインデーの関係みたいなものですかね?
 太巻きの中のキュウリを「青鬼」。ニンジンや生姜を「赤鬼」に見立てて、「節分に鬼をやっつけてしまう」ということとか。因みに恵方は、その年の歳徳神(吉神)が鎮座する方向のことです。
 恵方はどっちだろう? 恵方巻きについてもっと詳しく! という方は

  「恵方ってどっち」(http://koyomi8.com/reki_doc/doc_0430.htm

という記事もお読みください(おっと、宣伝だ)。
※更新履歴
初出 2001/02/01
更新 2006/02/05 「方違え」の説明追加。
更新 2022/01/30 画像追加
更新 2023/02/03 文章の加筆修正。画像追加。
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