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■曜日の来た道 (その6) 補講

◇曜日・エジプト誕生説
 7日間の週とその曜日の順番について、バビロニア発生説で書いて来ました
 が同じ頃、エジプトでも7日の週の概念がバビロニアと無関係に生まれたと
 言われています。

 曜日の順番誕生に関するバビロニアの占星術の話は、エジプトとその占星術
 だとの説もあります。困ったことに聖書に「出エジプト記」があるように、
 ユダヤの民はエジプトにも囚われたこともあり、バビロニア説で語ったよう
 な話が、エジプトでの話としても充分成立します。
 はっきりしない話で申し訳ないですが、大きく二説あると覚えておいてくだ
 さい。

◇日本での七曜(明治以前)
 平安時代の具注暦に顔を見せるようになった曜日ですが、江戸時代の貞享暦
 などには、毎月の朔日が何曜日に当たるかといった記述があり、ずっと生き
 残って来ていたことが解ります。江戸時代は七値とも呼ばれて、主に日の吉
 凶判断に用いられていました。たとえば次のような具合でです。

 『日曜星』
 この日は万事よし。財宝に縁有り、商人は利得倍増、不信心の輩は病あるか
 妻子に水損あるか口舌ごとあるか、食あたりなどあるべし。信心してよし。
 家造り普請など悪し。

 なるほど、日曜日は吉日らしい・・・。他の曜日もまた同様。
 残念なことに、「曜日」がより日常に浸透した今日ではこうした曜日による
 占いはあまり流行っていないようです。

 おそらく、曜日の使用が当たり前になり、神秘性が薄らいで「占い」に用い
 にくくなっているのではないでしょうか。
 占いにはある程度の「神秘性」が求められるでしょうから、誰でもカレンダ
 ーを見ればすぐにわかる簡単な過ぎる曜日の周期は、そうした点で占いには
 向かなくなってきているのでしょう(かわうそ考)。

◇日本での七曜(明治以後)
 明治に入って急速に西洋化した明治政府は、役所の休日も西洋諸国に合わせ
 て日曜日としました。「国際化する」という建前です。では本音はというと、
 「役人をもっと働かせたい」というものだったらしいです。

 明治時代の初頭の役人は、江戸時代の慣習を引き継いで 5日毎(1と6のつく
 日)に休んでいたようです。もっと働かせたいけど、本音はなかなか言い出
 しにくいので、国際化の美名を借りて 7日ごとに 1日の休み方式に切り替え
 たのです。これにより月にして 2日程余分に役人を働かせる口実ができたの
 です。さ、働け働け。

 役人の世界ではこうして次第に「曜日」による生活が浸透してゆきました。
 民間もまたこの流れに従った結果が現在です。
 よって、日本においては日曜日は単なる「休日」。
 日曜は「主の日」として神に捧げられた日と捉えるキリスト教国の人々とは
 意味合いが違っています。

 
 なんだかんだと、6回も続いた曜日の話でしたが、創世記風に6日間で一応
 の完成を見ました。創世気風に考えると、ならば明日は休息の日。
 このこぼれ話も休んでもいいですか?

  (『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
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