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■江戸の花見とその日付
 斎藤月岑の書いた『東都歳時記』の二月の項には江戸の花見の様子が描かれ
 ています。
 東都歳時記は天保九年(AD1838)に刊行された本で、江戸の昔の風俗を知る
 上で大変重宝な本です。今日はこの本で当時の「桜」の時期を眺めてみます。

◇彼岸櫻(ひがんざくら)
 立春より五十四五日目頃より (新暦3/29頃)

  東叡山 山王、車坂、二ツ堂の前両側、四軒寺入口。寒松院の原犬ざくら
  其他、上野山中は彼岸櫻多し ・・・後略・・・

◇枝垂櫻(しだれざくら)
 立春より五十四五日目頃より (新暦3/29頃)

  東叡山(坊中に多し) 谷中日暮里 湯島麟祥院 根津権現社 小石川傳
  通院 大塚護持院 広尾光琳寺 ・・・後略・・・

◇単弁櫻(一重桜 ひとえざくら)
 立春より六十日め頃より (新暦4/4頃)
 
  東叡山 谷中七面宮境内 駒込吉祥寺 小石川白山社地旗櫻 大塚護国寺
  小金井橋の両側 江戸より七里余りなり。・・・後略・・・

◇単弁櫻(一重桜 ひとえざくら)
 立春より六十五日め頃より (新暦4/9頃)

  東叡山 飛鳥寺 ・・・中略・・・ 豊島足立の野径を見渡し、風景等尋
  常ならず。毎春遊観多し。王子金輪寺の前 ・・・後略・・・

◇重弁櫻(八重桜 やえざくら)
 立春より七十日め頃より (新暦4/14頃)

  東叡山 谷中日暮里 諏訪社辺、田園の眺望いとよし。・・・中略・・・
  道灌山の辺雲雀多し。王子権現社辺瀧の川 根津権現社内 谷中天王寺 
  同瑞林寺 品川御殿山 ・・・後略・・・

◇遅櫻(おそざくら)
 立春より七十日め頃より (新暦4/14頃)

  東叡山 浅草寺の千本ざくら、深川八幡の園女が歌仙櫻は今少し。
  以上家父縣麻呂が撰置る『花暦』の一枚刷りによりて日並を録す。

  且ここに記せしは、開きそむべき日並なり。真盛を見んとならば、これよ
  りおくれて見るべきなり。櫻に限らず、開花の時候大概定りあれども、年
  の寒暖によりて、少しの遅速あり。・・・後略・・・

 東京の方なら知った地名が結構並ぶのでは無いでしょうか。
 たびたび登場する「東叡山」は上野寛永寺の山号です。上野は当時から、

  東都(江戸)第一の桜の名所

 として有名だったわけですね。
 遅櫻の項の後にこれは開花の時期だと書いてありますから、花見の時期は今
 よりは多少遅い時期でしょうか。この辺は当時の桜と現在主となっている染
 井吉野の開花時期の差でしょう。
 ごらんになって分かると思うのですが、開花の時期の記述は

  立春より○○日目頃

 と有ります。「旧暦は日本の季節によく合う暦だ」という発言をなさる方に
 対して私はこの話を良くします。本当に旧暦の日付が日本の季節によく合う
 のなら、なぜ当時の人が日付でなくて、立春からの日数で桜の開花時期を書
 いているのでしょうかと。

 新暦でいえば「○月×日頃」と簡単に書けるのに、わざわざ日数を数えない
 と分からない立春からの日数で表しているのが、桜の開花時期のような日本
 の季節を表す事柄を旧暦の日付では表せないことを、その暦を実際に使って
 いた人たちは知っていたという証拠ですね。


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