日刊☆こよみのページ スクラップブック
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■「閏日」は2/23-24の間に入る?
今年は 4年に一度巡ってくる閏年。
今年の 2月はいつもより 1日日数が多く29日まで有ります。
この普通の年にはなくて、閏年にだけ追加される日を閏日(うるうび)と言
います。今日の話はこの閏日が何時挿入されるかについてです。
閏日が何時挿入されるかと聞かれたらなんと答えますか?
普通に考えれば平年の 2月の最終日28日と、 3/1の間に一日挿入される2/29
が閏日になります。このメルマガに時々登場するコーナー、コトノハ風に書
けば、
【閏日】(うるうび)
(閏として加えられた)2月29日のこと。 《広辞苑 5版より》
のような具合になります。まあ、閏日がなぜ 2月にはいるのかという問題を
度外視すれば、余分な日である閏日が月末に挿入されるというのがしごく常
識的だと思いますね。
◇閏日は2/23-24の間?
しごく常識的な現代の閏日の挿入方法を書いた後には、非常識(今から見れ
ば)な閏日挿入が、本当は「伝統的な挿入法」だったのです。どのように入
れられていたのかというと、それは2/23の後、2/24日の前だったのです。
有名なユリウスの改暦以後、閏は「閏日」と呼ばれるとおり 1日だけになり
ましたがそれ以前は 2年ごとに22日ないしは23日の閏が挿入されました。
これほど長いと、閏日というより閏月といった方が良さそうですね。
2 年ごとに22ないしは23日という日数を見ると、ユリウス暦以前のローマ暦
は一種の太陰太陽暦だったのだと想像できます。
まあ、太陰太陽暦だったというのはこの際置くとして、不思議なのはその挿
入場所。何だってまた2/23と24の間なんて半端な時に挿入されたのでしょう?
◇「中途半端」なのは、日付の呼び方のため?
ではどうしてこんな中途半端な時に閏日(または閏月)を挿入したのかと言
えばたぶんそれは、ローマの人々の日数の数え方に原因が有ったように思わ
れます。ローマの人々は月末に近い日付は、
「 2月の23番目の日」とは呼ばず「 3月の 6日前の日」と呼んでいたのです。
今から見ると不思議なこの呼び方ですが、太陰暦を用いていたことを考える
と、理解できなくもありません。
月の満ち欠けから一月より短い期間を作り出そうと考えたら、満ち欠けの変
化区切りとして新月と満月、さらに上弦の半月と下弦の半月を使って 1/4月
の期間を生み出せるそうです。それぞれの月の形は特徴的で、見れば分かり
ますし、ちょうど月を 1/4に分けるのに適するからです。
月の朔望周期は平均で29.5日ほどですから1/4すれば7日、ちょうど一週間程
の期間となります。一月の 3/4を過ぎる下弦の時期以降の月は、 2月の始め
の新月に属する月というより、 3月の始めの新月に属するように見えるので
はないでしょうか。
その結果、 2月の新月から23番目の月ではなく、3月の新月の6つ前の月と考
える方が自然だったのかもしれません。
現在は日付の数え方でこうした例はあまり見ませんが、時間に関しては似た
ような使い方をすることが有ります。例えば、
10時50分 = 11時10分前
といった使い方です。
さて、こうした使い方をするとこの時刻は、10時に属する時刻と見えますか、
それとも11時に属する時刻に見えますか。同じ時刻のはずですが、言い方を
変えると、違ったものに思えてきませんか。
既に書いたとおり、ローマの人々は、月の終わりの頃の日付を
「翌月の前何日」
というような呼び方をしていましたから、いつの間にか2/23は 2月に属する
日と言うより 3月に属する日と見なすようになったのではないでしょうか。
であれば、2/23という中途半端な日付が、あたかも月の区切りの日のように
考えられることになったのでは。
◇閏年は「朔日の 6日前が 2度ある年」
こうしたことの証拠といえるかどうか、閏年はラテン語でBisextumと言うそ
うで、この語は直訳すると、「朔日の 6日前が 2度ある年」という意味にな
るそうです。
さて、真相は如何に?
(『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
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