日刊☆こよみのページ スクラップブック(PV , since 2008/7/8)
■「閏日」は2/23-24の間に入る? 今年は 4年に一度巡ってくる閏年。 今年の 2月はいつもより 1日日数が多く29日まで有ります。 この普通の年にはなくて、閏年にだけ追加される日を閏日(うるうび)と言 います。今日の話はこの閏日が何時挿入されるかについてです。 閏日が何時挿入されるかと聞かれたらなんと答えますか? 普通に考えれば平年の 2月の最終日28日と、 3/1の間に一日挿入される2/29 が閏日になります。このメルマガに時々登場するコーナー、コトノハ風に書 けば、 【閏日】(うるうび) (閏として加えられた)2月29日のこと。 《広辞苑 5版より》 のような具合になります。まあ、閏日がなぜ 2月にはいるのかという問題を 度外視すれば、余分な日である閏日が月末に挿入されるというのがしごく常 識的だと思いますね。 ◇閏日は2/23-24の間? しごく常識的な現代の閏日の挿入方法を書いた後には、非常識(今から見れ ば)な閏日挿入が、本当は「伝統的な挿入法」だったのです。どのように入 れられていたのかというと、それは2/23の後、2/24日の前だったのです。 有名なユリウスの改暦以後、閏は「閏日」と呼ばれるとおり 1日だけになり ましたがそれ以前は 2年ごとに22日ないしは23日の閏が挿入されました。 これほど長いと、閏日というより閏月といった方が良さそうですね。 2 年ごとに22ないしは23日という日数を見ると、ユリウス暦以前のローマ暦 は一種の太陰太陽暦だったのだと想像できます。 まあ、太陰太陽暦だったというのはこの際置くとして、不思議なのはその挿 入場所。何だってまた2/23と24の間なんて半端な時に挿入されたのでしょう? ◇「中途半端」なのは、日付の呼び方のため? ではどうしてこんな中途半端な時に閏日(または閏月)を挿入したのかと言 えばたぶんそれは、ローマの人々の日数の数え方に原因が有ったように思わ れます。ローマの人々は月末に近い日付は、 「 2月の23番目の日」とは呼ばず「 3月の 6日前の日」と呼んでいたのです。 今から見ると不思議なこの呼び方ですが、太陰暦を用いていたことを考える と、理解できなくもありません。 月の満ち欠けから一月より短い期間を作り出そうと考えたら、満ち欠けの変 化区切りとして新月と満月、さらに上弦の半月と下弦の半月を使って 1/4月 の期間を生み出せるそうです。それぞれの月の形は特徴的で、見れば分かり ますし、ちょうど月を 1/4に分けるのに適するからです。 月の朔望周期は平均で29.5日ほどですから1/4すれば7日、ちょうど一週間程 の期間となります。一月の 3/4を過ぎる下弦の時期以降の月は、 2月の始め の新月に属する月というより、 3月の始めの新月に属するように見えるので はないでしょうか。 その結果、 2月の新月から23番目の月ではなく、3月の新月の6つ前の月と考 える方が自然だったのかもしれません。 現在は日付の数え方でこうした例はあまり見ませんが、時間に関しては似た ような使い方をすることが有ります。例えば、 10時50分 = 11時10分前 といった使い方です。 さて、こうした使い方をするとこの時刻は、10時に属する時刻と見えますか、 それとも11時に属する時刻に見えますか。同じ時刻のはずですが、言い方を 変えると、違ったものに思えてきませんか。 既に書いたとおり、ローマの人々は、月の終わりの頃の日付を 「翌月の前何日」 というような呼び方をしていましたから、いつの間にか2/23は 2月に属する 日と言うより 3月に属する日と見なすようになったのではないでしょうか。 であれば、2/23という中途半端な日付が、あたかも月の区切りの日のように 考えられることになったのでは。 ◇閏年は「朔日の 6日前が 2度ある年」 こうしたことの証拠といえるかどうか、閏年はラテン語でBisextumと言うそ うで、この語は直訳すると、「朔日の 6日前が 2度ある年」という意味にな るそうです。 さて、真相は如何に?
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