日刊☆こよみのページ スクラップブック
(PV , since 2008/7/8)
■鏡開き
新年も十日を過ぎると、流石に「お正月」という雰囲気では無くなってきま
す。年神様を祀る象徴としての鏡餅も、大分硬くなってひび割れも目立つ頃
ですね。折角の「鏡餅」がどんどん硬くなって、ただの白い石に変わってし
まいます。
これでは、私たちに新しい生命力、活力を与えようとやって来てくださった
年神様の思し召しも無駄になりかねません。
さあ、そろそろ鏡餅もただ祀るのを止めて、有り難く我々の活力として頂く
ことにしましょう。
◇鏡餅
鏡餅は年神様を祀る象徴。その形は円満を表す丸です。
鏡餅は三種の神器の一つ、八咫鏡(やたのかがみ)をかたどったのだとも、
人間の活力の源と考えられた心臓の形をかたどったものだともいわれます。
「心臓の形」というと現在は人体模型のリアルな形だとか、ハート形とかを
思い浮かべてしまうので、丸い餅の形が心臓の形といわれるとあまりピンと
きませんね。
まあ、かと言ってリアルな心臓の形の餅は作るのが大変だし(それに気味が
悪いし)、ハート形ではホワイトチョコレートで作ったバレンタインデーの
贈り物見たいなきがして、今ひとつ厳かな感じがしませんから、これからも
丸いままがいいですね。
◇鏡開きと日付
鏡開きはお供えの鏡餅を下げて、ぜんざいやしるこにして食べる行事です。
年神様のお下がりを頂いて、活力を得ようという意味があるといわれます。
一般には、鏡開きといいますが他に、
鏡割り、お供え開き、具足(ぐそく)開き
などとも呼ばれます。
最初の二つは解りやすい名前ですが、具足開きは今ではあまり聞かない言葉
だと思います。これはその昔、武士の家では鎧兜にこの鏡餅を供えたころの
呼び名です。具足は甲冑を意味する言葉。具足に供えた餅なので、呼び名も
鏡餅ではなくこの場合は具足餅と呼ばれました。
鏡開きの日付はというと1/11が一般的(だから前日の今日この記事を書いて
いるわけです)。
本来武家の具足開きは「刃柄(はつか)の祝い」と呼ばれ、この「はつか」
と言う言葉から正月の「二十日(はつか)」に行われていたそうです。
この1/20が1/11に変更になったのは、20日は三代将軍徳川家光の月命日に当
たったため、幕府がこの日に祝い事をすることを避け11日に変更したからだ
とされます(ちなみに、家光の祥月命日は4/20)。
当初はもちろん武家だけがそうしたのでしょうが、それが次第に民間にも浸
透して、鏡開きといえば1/11ということになりました。
書きながら、実は釈然としないことが一つあります。
20日を避ける理由は解るとして、ではその20日の代わりの日がなぜ11日なの
かということ。この理由がわからないのです。
ということで、どなたかこの辺りの理由をご存じでしたら、教えてください。
◇鏡餅は切らない?
鏡開きでは「切る」という言葉を嫌うことから、餅は切るのではなく、手や
木槌などを使って砕きます。鏡を叩くわけですから、「鏡割り」というのも
もっともですね。
なぜ「切る」のが嫌われるのかなと考えたのですが、現在の鏡開きの行事は
江戸時代の武士の慣習が強く影響していることを考えると判る気がします。
正月早々から「切(斬)られる」のは避けたいですからね。
それともう一つ考えられるのは、春迎えの呪術的な意味。
切るものは刃物つまり金属ですが、五行説で考えると「金気」は春の気であ
る「木気」を倒すもの(金克木・・・金は木に克(か)つ)ですから、待ち
わびた春の訪れを刃物は妨害するものだという考えがあるのでしょう。
さて、明日は鏡開きの日。
私はといえば鏡開きの意味もさることながら「ぜんざいとなった鏡餅」その
ものが気になっております。美味しいぜんざいが食べたい・・・。
(『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
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