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太陽の描く曲線、アナレンマ
    一年間、毎日同じ時刻に太陽の位置を記録したとすると、記録された太陽の位置は大きな「8の字」を描きます。この8の字曲線は

  アナレンマ(analemma) 

と呼ばれます。
一口に「一年間、毎日同じ時刻に太陽の位置を記録する」といいましたが、考えてみるとこれはなかなか根気のいる仕事。その上、雨や曇りの日には記録をとることが出来ませんから、日本のように雨の多い国では、余程幸運に恵まれなければ不可能なことです。

残念ながら、根気もまた幸運も持ち合わせていない私は、実際にこれを観測することはさっさとあきらめ、「もし観測出来たとしたらどう見えるか」を計算によってお見せすることにしました。それが次の画像です。
アナレンマのイメージ計算は、

 東経135°
 北緯 35°
 日本時 16時30分

という条件で求めたアナレンマの曲線と私の家の近所から西方を眺めたときの写真を合成したものです。もし、本当に一年間毎日16時30分に太陽の写真を撮り続ければ、きっとこんな画像が出来上がるはずです。
ちなみに、曲線のどの辺がいつ頃の太陽の位置なのかを示すため、二十四節気の節入りの日の太陽の位置に赤色の印を付けました。また、二十四節気の中から八節と呼ばれるものについては、太陽印と八節の名称を書き入れてみました。

アナレンマが出来るわけ 
 アナレンマが出来る理由は、地球の自転軸が地球の公転面に対して垂直ではないこと及び、地球の軌道が楕円形であるため、地球の軌道を巡る速度に遅速が生じるためです。
同じ場所で同じ時刻に太陽の位置を記録するとなぜアナレンマの8の字が出来るか、その理由をもう少し具体的に説明すると
  • 太陽は一年をかけて南北に移動する
  • 同時刻の太陽の位置も均時差(きんじさ)があるため東西に移動して見える
この二つの動きということになります。
この二つの動きが複合して8の字を作り出します。

  1. 太陽の南北の移動 
     夏至の頃は太陽が頭上近くまで昇るのに、冬至の時期になると太陽は地平線からあまり高く昇らない、この皆さんもよくご存知の太陽の位置の変化がアナレンマの南北の動き、8の字で言えばその縦の動きです。
     冬至の日から考えれば、太陽は次第に北上して、夏至の日に8の字の天辺に達し、そこからは南下に転じて、冬至の日に8の字の底辺に達するという動きをします。

     地球の地軸は地球の公転面に対して垂直ではなく垂直から約23.4°傾いていますから、太陽は冬至の日は天の赤道より23.4°南にあり、夏至には天の赤道より23.4°北にあります。これがアナレンマの縦の長さですから、アナレンマの縦の長さは

      約23.4° × 2 = 約46.8°

    となります。
     
  2. 均時差による東西の移動 
     私たちは、

      「太陽は正午に南中するものだ」

    と考えがちです。もちろん経度の違いによってその経度差分の補正が必要ですけれど。
    話を面倒にしないために、日本の標準子午線である東経 135°の線上での話しを考えてみます。東経 135°の場所であれば太陽は毎日正午に南中しそうですが、実際に太陽が南中する時刻は正午から最大で16分程もずれてしまう上に、その量が一年の間に結構複雑に変化します。面倒ですね。
     このずれは「均時差」と呼ばれるものです。均時差が生まれる理由は地球の軌道が楕円であること、地軸が公転面に対して垂直でないことの両方が関係しますが、詳しくは均時差の話をお読み頂くとして、ここでは説明を省略させて頂きます。

     均時差によって生じる太陽の南中時刻のずれの分だけ正午の太陽の位置は真南から東西にずれてしまいます。自転運動による太陽の見かけの位置の変化は、1日に約 360°ですから、16分という時間での位置変化は

      16 ÷ 60 ÷ 24 × 360° = 4°

    となります(もちろん、これは最大これくらいということ)。
    この角度(の2倍の角度)がアナレンマの8の字の大体の幅となります。
     
正午のアナレンマの図 さてさて、上に説明した太陽の南北、東西の動きを図化したものが左の図です(東経 135°の地点で日本時正午に観測した太陽の位置の変化)。

 図の縦の赤点線(子午線)は真上(天頂)を通って南北を結ぶ線です。横の赤線は点の赤道を表しています。前出の「合成画像」と同様に二十四節気と、毎月の一日の位置に印を入れてみました。

昔はなかった? アナレンマ 
 アナレンマの「東西の動き」は均時差があるからだと説明しました。この均時差の存在は天文学者には二千数百年前から既に知られていたのですが、学問以外の世界でこれが問題となるようになったのは、せいぜいここ二百年前位からのことです。なぜならそれ以前の時代には時刻の基準は、実際の太陽が南中する時刻を基準にして計った1日だったからです。
 実際の太陽が南中する瞬間を「正午」としていた時代に、

 「正午に太陽は南中しているか」

なんていう問いかけは意味がありません。
 日本も明治11年(1878年)までは、太陽が南中する瞬間を正午とする時刻(視太陽時または、真太陽時といいます)を用いていましたから、その当時に毎日正午の太陽の位置を観測して記録したとしても、太陽の位置は一年かけて子午線上を南北に行き来するだけ。太陽の軌跡は「8の字」ではなく「1の字」にしかならなかったのです。

 日本では明治12年(1879年)から時刻系を直接の太陽を使う視太陽時から、一年を通じて長さの変わらない平均化した仮想の太陽を使った平均太陽時に変えました。その時から、正午に太陽が南中しないという事象が生じるようになったのです。
 こう考えるとアナレンマの8の字曲線は、近代・現代が生み出した曲線といえるかも知れません。
日本の視太陽時から平均太陽時への変更時期につて 
日本における平均太陽時の使用(暦面の時刻系)の初めを当初、明治21年と書いておりましたがこれは、標準時の採用の年であって、平均太陽時の採用は明治12年からでしたので、訂正いたしました。
hamtakさんのご指摘により修正いたしました。
ありがとうございました。
以下は参考まで、暦面での時刻系の変遷です。
  1. 地方視太陽時  〜明治11年暦まで
  2. 地方平均太陽時 明治12年暦〜20年暦まで
  3. 標準時     明治21年暦から
※2015/11/22 修正
「余 談」
日時計の時刻と、時計の時刻
 アナレンマの説明をする場合に避けては通れないのが、視太陽時(真太陽時)と平均太陽時の話し。今回は出来るだけ深入りしないようにとは思いましたが、避けては通れない話しなので今回もちょこっとだけ触れることになりました(ほんのちょこっと)。
 視太陽時と平均太陽時はいってみると、日時計の時刻と時計(機械式などなど)の時刻です。

  日時計の時刻 ・・・ 視太陽時
  時計の時刻  ・・・ 平均太陽時

 目に見える太陽を直接使った長さの変化する時刻系と、一定の時刻を刻むために考えられた仮想の太陽を使った不変の時刻系。均時差の話しもアナレンマの話しも、行き着く先は日時計の時刻と時計の時刻の話なのでした。
 いつかはこの二つの時計の話しを書かないといけないかも知れませんね。
※記事更新履歴
初出 2010/01/04
修正 2015/11/22 (文章加筆修正)
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