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【畏敬】(いけい) (崇高・偉大なものを)かしこまり敬うこと。 用例:畏敬の念 《広辞苑》 おそれうやまう。すぐれた人を尊敬すること。 「之其所畏敬而辟焉=其の畏敬する所において辟す」『大学』 《学研漢和大辞典》 この言葉を読んで思い起こすのは三国志でおなじみの諸葛孔明のことです。 三国志演義の影響で天才軍師的な印象をもつ人が多いようですが、現実の歴 史の上では軍師としての評価は賛否が分かれるところがあります。 その点、政治家、宰相としての評価は高く、正史三国志を書いた陳寿は、諸 葛武侯伝で古代の名宰相管仲(かんちゅう)、蕭何(しょうか)に匹敵する とまで書いています。 諸葛孔明は、法家と呼ばれた厳密な法律によって国を統治しようという考え の政治家で、彼の定め適用した法律も大変厳しいものだったと言います。 「泣いて馬謖を斬る」 の故事でも判るとおり、自分の後継者と考えていた有能な人物でも、作戦失 敗の責任を法に照らして斬罪に処するなどその法律適用は峻厳だったため、 人々はみなこの宰相を畏れたといいます。ただ孔明の名宰相たるゆえんは、 一旦定めた法律適用を人によって曲げることが無かったことです。 法に違反すればたとえ身内でも、高位高官でも必ずこれを罰し、法律を守り 実績を上げる者はたとえ自分に敵対する者でも必ずこれを賞するという態度 を貫き、かつ罰した者に対してもその後について配慮を欠かさなかったこと からついに、 邦城の内みな畏れてこれを愛す と評されるまでになります。邦城の内とは今風にいえば都の中、或いは国の 中と言い換えることが出来るでしょうか。 国中の人々がこの人物を畏れながら、愛したとは正に「畏敬」という言葉そ のものではないでしょうか。 人の上に立って、畏れられる人もいますし敬せられる人もいます。それぞれ いずれも立派な人物には違い有りませんが、畏れられながら尚かつ敬せられ るということは並大抵のことではありません。 畏敬の念を覚えるような人物を、私たちは今何人思い浮かべることが出来る でしょうか?
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