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【怪力乱神】(かいりょくらんしん) [論語述而「子不語怪力乱神」] 「怪」は尋常でないこと、「力」は力の強いこと、「乱」は道理に背いて社 会を乱すこと、「神」は神妙不可思議なこと。 人知で推しはかれず、理性では説明できないこと。 《広辞苑》 出典となった論語の言葉は、「子、怪力乱神を語らず」とあります。孔子は こうした人知では推し量れないこと、理性では説明できないことがらについ ては語らなかったと言うことです。 ではどういうことを語ったのかと言えば、この語らなかったことの反対のこ と、つまり人知、理性で説明できる「当たり前のこと」を語っていたのです。 孔子は怪力乱神を否定していたわけでは有りません。ただ、そうした不可解 なものは、いくら考えても不可解で判らない部分ばかりですから、判らない ものに振り回されるより、まず自分の考えが及ぶ範囲から考えていこうとい うことで、あえてその埒外にある怪力乱神を語らなかったのです。 何か思わしくないことが有れば、先祖の行いが祟っているからお祓いをしな ければいけないとか、何をするにも大安や仏滅などの日柄を見ないと始まら ないとか、やたらと怪力乱神を語りたがる人がいます。 孔子の時代から二千数百年も経過し、当時の人々より遙かに多くの知識を持 ちながら、こうした迷信にとらわれる人が現代に多いのはなぜなのでしょう。 迷信に関わって多くの労力をつぎ込むより、労力をつぎ込む場所は別の所に あるのでは。 怪力乱神は、当たり前の努力をし終えた後に考えればよいことだと思うので すが、皆さんはいかがお考えでしょうか?
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