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【傍ら痛い】(かたわら いたい) [形容詞](文語)かたはらいた・し(ク) (傍らにいて心が痛む意。「片腹痛い」は中世以後の当て字) 1.気の毒である。また、そばで見ていて、いやな気がする。 源氏物語桐壺「うへ人、女房などは傍ら痛しと聞きけり」。 枕草子96「傍ら痛きもの。よくも音弾きとどめぬ琴を、よくも調べで、 心の限り弾きたてたる」 2.きまりが悪い。はずかしい。いたたまれない。 源氏物語椎本「傍ら痛うて御いらへなどをだにえし給はねば」 →かたはらいたい 《広辞苑・第六版》 「傍ら痛い」について、辞書に示された意味を並べて見ると ・気の毒である ・そばで見ていて、いやな気がする ・きまりが悪い、はずかしい となります。似た意味もありますが「気の毒である」と「そばで見ていて、 いやな気がする」のように大分異なった意味もあります。 こうした複数の意味を直接示すのではなく、そうした場合にどう感じるかと いう、間接的なもので一つにまとめた言葉です。 一つ一つの意味を考えると違ったものなのですが、傍らにいるのが辛いとい う状況を考えると、違和感なく受け入れられます。曰く言いがたい思いを、 上手に伝えてくれる言葉です。しかし、「傍ら痛い」という言葉は現在では ほとんど使われることのない言葉でもあります。残念。 この言葉の意味を感じ取るためには、人の思いを推察する能力が必要ですか ら、人と人との関係が表面的になり希薄化する現在の状況を考えると、この 言葉の復権は難しいでしょう。仕方がないことだろうとは思いますが、惜し い気もします。 ちなみに、この言葉から当て字として派生した「片腹痛い」という言葉はと いうと、本家の言葉とは違って、今も現役の言葉として生き残っています。 もっとも、「片腹痛い」として独立してからからの長い歴史の中で、本家の 「傍ら痛い」とは異なる意味に変化してしまいましたので「傍ら痛い」とい う言葉の後継者とはなり得ないようです。 やはり、「傍ら痛い」は滅びてしまう言葉なのでしょうか?
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