日刊☆こよみのページ スクラップブック(PV , since 2008/7/8)
【屋下に屋を架す】(おくかに おくをかす) (屋根の下にまた屋根をつくるの意から)前人がなしとげたものに、さらに 同じようなものをつけ加えること。むだな重複をすること。 「屋上屋を架す」ともいう。 [出典]世説新語 《成語林・初版より抜粋》 この言葉の出典として紹介された故事は東晋に使えた謝安の条に見えます。 その頃、有力者に連なるある詩人が作った詩が「親族の七光り」で、有力者 におもねりたい人達がこの詩の持ち上げたことが切っ掛けとなって、大勢の 人がこの詩を書き写し、為に紙の値段が高騰したほどの評判となりました。 しかし、この詩を一目見た謝安の評価が 屋下に屋を架すもの でした。謝安によれば、この詩と同じテーマの詩は既に多数作られており、 それらと比べて、見るべきところもないもの。「屋下に屋を架す」ような無 駄なものでしかないということでした。 なるほどね。いつの時代も「○○の七光り」はあるものですね・・・と、本 日の話題は七光りじゃなくて「屋下に屋を架す」の方でした。 既に屋根のある建物の屋根の下にもう一つの屋根を作る、確かに無駄な話で す。そんなことは、子供が部屋の中で段ボールの秘密基地を作る時くらいし か意味のないことです(←大昔の自分を思い出しました)。 ◇屋上屋を架す さて、この解りやすい「無駄なもの」のたとえの言葉ですが、日本には下で はなくて上に屋根を架すという「屋上屋を架す」という言葉もあります。意 味は「屋下に屋を架す」と同じ。 どうやら「屋下に屋を架す」がいつの間にか変形してしまったようです。た だ、それがいつ、どういう理由で変わってしまったのか解りませんでした。 気になります・・・。 それはそうと、「屋上屋を架す」については、この言葉通りのものを見たこ とがあります。それも子供の頃に。 多分、小学校の修学旅行だとおもいますが、郷土の生んだ偉人、野口英世の 生家を見学したときでした。古い藁葺き屋根の野口の生家でしたが、見ると その上に、ガソリンスタンドなどで見かけるような平面的な大きな屋根があ りました。多分、藁葺き屋根の建物が風雨で傷まないようにということなの でしょう。 うーん、なんか面白い風景 そう思ったことを鮮明に覚えています。 お、これならば「屋上屋を架す」は必ずしも「無駄なもの」ってこともない のかな? とはいえ、あの日から半世紀近くたった今も辞書には 【屋上屋を架す】・・・時には役に立つこともあること。 なんて語釈は見つかりません。 きっと今後もそんな語釈が付け加えられることはないでしょうね。
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