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■暦注の話 ・・・ 十二直または、中段 暦には月の満ち欠け(朔望)や日月食、海の潮汐などの科学的な事象や、季 節の変化を示すために考案された二十四節気などが記載されています。 その一方で、「暦注」と呼ばれる日時や方角の吉凶、禁忌などを扱う非科学 的な「迷信」に属する記載も数多く記載されています。 本日はこの暦注の一つである十二直(じゅうにちょく)についてとりあげて みます。 現代では暦注の主役は六曜や九星といった後発の(暦注ともいえない暦注) に取って代わられてしまいましたが、江戸時代などの暦で日柄の吉凶判断の 主役はこの十二直でした。十二直は 建・除・満・平・定・執・破・危・成・納・開・閉 の十二あり、これが毎日毎日に割り振られています。例えば本日は「閉」で 明日は「建」と言う具合になります。 ◇十二直は北斗七星から 十二直は元々北斗七星の柄杓(ひしゃく)の向きから生まれたものです。 中国では北斗七星は神格化されていて、人の運命を支配する力があると考え られていました。おそらくこの「人の運命を支配する力」があると言うとこ ろから、占いとして取り入れられることになりました。 ◇撰日法(せんじつほう) 暦注の日取りを決める計算の規則を撰日法といいます。 十二直の撰日法は、二十四節気の節と日の干支に基づくものです。 二十四節気の十一月(子月)節の後の最初の「子」の日を「建」とし、次に 十二月(丑月)節の日の後の最初の「丑」の日をまた「建」とするといった 具合に節月の干支と一致する干支の日に十二直の最初の「建」が当たるよう にして、以後は順に日に配当されます。 節月の月干支と同じ最初の日の干支に「建」を置くため、これを「月建(げ っけん)」と呼びます。月の別名の一つとして「建子月」「建丑月」という ものがありますが、これは月建から生まれた呼び名です。 さて、ここで問題があります。 この方式で十二直を配して行くと、日の干支の十二支と十二直は常に同じ組 み合わせになってしまいます(どちらも12ありますから)。これでは、わざ わざ十二直を暦に書く意味がありません。ずっと同じなのですから日の十二 支で呼べばいいことになります。 これを防ぐための工夫(?)として考えられたのが、節月の一日(つまり二 十四節気の節の当日)の十二直は前日の十二直を繰り返すという規則を作り ました。例えば今年(2007年)の12月の十二直の一部を取り出すと 12/5 開 (酉の日) 12/6 閉 (戌の日) 12/7 閉 (亥の日、大雪の日。この日から節月の子月) 12/8 建 (子の日、子月最初の子の日) 12/9 除 (丑の日) 12/7が二十四節気の節の一つ、大雪ですがこの日の十二直は前日の12/6と同 じ「閉」となっています。ついでに言うと、節月の子月の最初の子の日にあ たる12/8が「建」となっています。 この撰日法だと、毎日の十二直と日干支の十二支の関係は、節月の切り替わ り毎に一つずつずれて行くので「十二直=日の十二支」という単純な関係か ら脱却できます。 そして、一年、十二ヶ月が過ぎると一回りしてまた元に戻るという、なかな か上手くできた作りなのです(いかにも、後から作りましたという感じがす るのは私だけ?)。 ◇十二直の別名は中段 十二直は昔の暦だと、日の干支のすぐ後、日柄に関係する暦注としてはかな り早い場所に書かれていて、そのためか暦注といえばまずこの十二直といわ れるくらい、かつては重要視されていました。 十二直は「中段」とも呼ばれますが、貞享暦以降(1685年~)の江戸時代の 暦の1ページは上段、中段、下段の3段に分かれていて 上段:日付と日の干支など 中段:十二直などいくつかの種類の暦注、雑節 下段:その他の雑多な暦注 が書かれていたことから生まれた名前です。ちなみにですが、その他の雑多 な暦注が「下段」と呼ばれるのもこのためです。 さて、この十二直は、昔は暦の迷信的部分(日の吉凶占い)を担う暦注の代 表的なものとされていましたから、最後に本日の十二直である「閉」はどん な意味とされていたかを見ておくことにしましょう。 ・閉(とづ) 凶 金銭収納、墓作りは吉。造作、旅行は凶。 と言う具合です(うーん、あんまりよい日ではありませんね)。 他の十二直の意味も知りたいという方は、Web こよみのページの暦注解説の ページ(下記 URL)でご覧ください。 暦注の解説(その1) https://koyomi8.com/sub/rekicyuu_doc01.html 以上、本日は暦注の一つ、十二直についての話でした。 ちょっと、面倒くさい話だったかな?
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