日刊☆こよみのページ スクラップブック(PV , since 2008/7/8)
■翻訳者が思いついた「チチウス・ボーデの法則」 今日の暦のこぼれ話は、暦の話ではなくて、暦とは縁の深い天文からの話で す。「暦とは縁の深い天文から」とはしましたが、今日の話は暦とは無縁か な? まあ、こぼれ話と割り切って雑談にお付き合いください。 ◇太陽から惑星までの距離 日常生活で使う距離を表す単位というと、km(キロメートル)が普通でしょ う。近所の説明だったら m(メートル)かな? 距離を表す単位の一つに、AU(天文単位)という単位があります。その名の とおり、もっぱら天文学で使われる単位で、 私の故郷は 1.5AUの彼方です なんて使い方は、その人が火星生まれでも無い限りすることはない単位です。 この距離は太陽と地球の距離を基準にして決められたもので、私たちのなじ んだkmで表せば、 1 AU = 149,597,787 km となります。kmで表すにはちょっと遠すぎる惑星までの距離を表すには、こ のAUを使うと便利です。 では、このAUを使って太陽と惑星の距離を表すと次のようになります。 水星 0.4AU , 金星 0.7AU , 地球 1.0AU , 火星 1.5AU , 木星 5.2AU , 土星 9.5AU , 天王星 19.2AU , 海王星 30.1AU , 冥王星 39.4AU 今は準惑星と分類される冥王星ですが、「水金地火木土天海冥」で育った私 なので、特別参加で惑星の列に加えてみました。 さて、この惑星までの距離ですが、 あれ、木星ってどれくらい離れていたかな? なんて思うことがあっても、全部暗記するのはちょっと大変。そんなときに 役に立つのが、「チチウス・ボーデの法則」。頭の「チチウス」を抜いて、 「ボーデの法則」ということもあります(抜いちゃう方がおおいかな?)。 木星までの距離がどれくらいなんてことは、一生考えることが無いとおっし ゃる方も、ちょっとお付き合いください。 ◇チチウス・ボーデの法則 小数点が入ると、なんだか難しく感じてしまうので、先にあげた惑星までの 距離を10倍して、小数点を付けずに考えてみることにします。すると、 水星 4 , 金星 7 , 地球 10 , 火星 15 ・・・ この数字の並びを眺めていて、なんだか法則性があるぞと気が付いた人がい ました。その人は、ヨハン・ダニエル・チチウス(Johann Daniel Tituus) というドイツの天文学者(兼物理学者、兼生物学者)。 チチウスは、スイスのシャルル・ボネの書いた『自然の思想』という本をド イツ語に翻訳したのですが、翻訳する際に、太陽と惑星の距離の間に、一定 の法則性があることに気が付いて、原著には書かれていなかった文章を勝手 に挿入してしまいました。彼は、太陽と土星(当時はまだ天王星~の惑星は 未発見でした)までの距離を 100とすると、他惑星と太陽の距離は近似的に 水星 4 = 4 + 3 × 0 金星 7 = 4 + 3 × 1 地球 10 = 4 + 3 × 2 火星 16 = 4 + 3 × 4 ?? 28 = 4 + 3 × 8 木星 52 = 4 + 3 × 16 土星 100 = 4 + 3 × 32 (一般化すると 4 + 3 × 2 ^ n ・・・ [^] は累乗の意味) となると示したのです。ちょっとした違いはありますが、なるほど近似的に はよく実際の太陽と惑星の距離を表しています。 「??」という箇所はなぜか空き地になっていますが、チチウスは「神はそ のような空き地をつくらないだろう」といい、未発見の天体があるに違いな いとも書いています。 チチウスは、『自然の思想』の1766年の翻訳ではこれを、勝手に本文に入れ てしまっていましたが、流石にこれはまずいと思ったのか二版以降は本文か らははずして、脚注にしました。 しかし、この段階ではこの「チチウスの法則」とでも云うべき法則は注目さ れることもありませんでした。この法則が注目されたのは、チチウスがドイ ツ語に翻訳した『自然の思想』を愛読していた天文学者、ヨハン・ボーデ (Johann Elert Bode) が自分の1772年に出版した著作、『星空の知識への 入門(第二版)』の中で紹介したことが切っ掛けでした。 ボーデは、その著作の中で太陽と惑星との距離の法則について紹介したので すが、これがチチウスの発見したものであるといったことを書いておらず、 学会や論文でも盛んに紹介したことから周囲はボーデが独自に発見した法則 のように誤解して、「ボーデの法則」と呼ばれることが多くなってしまいま した。ボーデ自身は 3年後に『自然の思想』を読んでこの法則を知ったこと を認めています。 ◇本当に神様が考え出した法則か? 有名になったチチウス・ボーデの法則がより一層注目されるようになったの は1781年のことです。この年、イギリスのウィリアム・ハーシェルによって 天王星が発見されました。 古代から知られていた水星~土星の仲間に新惑星、天王星が加わったのです。 発見された新惑星と太陽との距離は、19.2AU。この距離はチチウス・ボーデ の法則を土星以遠に拡張適用したときに予想される19.6AUに大変近い値でし た。 未発見だった新惑星までこの法則に従っているとなるとこの法則は単なる偶 然、数字の遊びでは無くて、意味のある法則では無いのかと誰しも考えるよ うになりました。すると、気になるのはチチウスが「空き地」と呼んだ火星 と木星の間の領域。多くのプロ、アマチュア天文学者が、この空き地に未発 見の新惑星を探そうと、探索をはじめることになりました。 この探索の結果がどうなったか、そしてその後は? ある本の翻訳に際して勝手に書き加えられ、天文学の歴史に大きな影響を与 えたチチウス・ボーデの法則にまつわる話はもう少し先がありますが、一つ の話としては大分長くなりましたので、今日のところはこれまで。 続きについては、またいつか、気が向いて時間があるときに、そして話の種 に困ったときに書くことにしようと思います。
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