日刊☆こよみのページ スクラップブック(PV , since 2008/7/8)
■何か変だぞ、「カレンダーの日」 本日は、カレンダーの日です。 本日の記念日データを見るとカレンダーの日とは 「全国団扇扇子カレンダー協議会が1987年(昭和62年)に制定したもので、 1872年(明治5年)のこの日から太陽暦が採用されたことに由来する。」 というわけで制定された記念日です。 これを制定したという全国団扇扇子カレンダー協議会という団体はこちら。 全国団扇扇子カレンダー協議会 ⇒ http://zenkyo.net/index.html そしてこの団体のWeb サイトにあるカレンダーの日の解説はこちら。 カレンダーの日 ⇒ http://zenkyo.net/c-hist.html#d-o-c ◇新暦時代と暦作成の自由化 この改暦は太陰太陽暦(天保壬寅暦)から太陽暦(グレゴリウス暦・・・た だし置閏法(ちじゅんほう)は1898年に修正するまでは誤ってユリウス暦法 のまま)への改暦ですから、それまでの改暦とは比べものにならない大改暦。 社会的な影響も大きいものでした。 明治維新のような大きな変革が行われたばかりの頃でしたから、こんな大改 革が断行できたのでしょうね。今こんなことしろといったって、とても出来 るとは思えないような大々改暦(大々々改暦?)です。 さて、この大々改暦でもう一つ「カレンダーの日」に相応しい変革がありま した。 それは「誰でも自由にカレンダーを作ることが出来るようになった」 と云うことです。 それ以前に日本で作られていた暦は、政府の許可を得たものだけが作り、配 布、販売を行うことの出来た一種の専売制度を採っていました。 専売制であったカレンダーが誰でも作れるになった、記念すべき日であった のです ◇カレンダーの日付の謎 現在「旧暦と新暦」と言われる場合の旧暦と新暦はこの改暦以前と以後の暦 と言う意味になります。この改暦では 明治 5年(1872年)12月 2日の翌日は、 (太陰太陽暦) 明治 6年(1873年) 1月 1日 (太陽暦) となりました。つまり明治 5年12月 3日に相当する日が明治 6年 1月 1日と いうことから、全国団扇扇子カレンダー協議会は > 1872年(明治5年)のこの日から太陽暦が採用されたことに由来する としてこの記念日を設けていますが、なんだか変です。 何が変かというと 1.明治 5年12月 3日という日付は改暦によって存在しない日付である。 2.明治 5年12月 3日という日付になるはずだった日はグレゴリウス暦で は明治 6年 1月 1日である。 3.現在使われている新暦はグレゴリウス暦である。 上記の1~3から考えると、「カレンダーの日」に相応しいグレゴリウス暦 の日付は・・・ 1月 1日になりませんかね? 失われた明治 5年12月 3日を悼む記念日 っていうなら12月 3日でも良いと思うのですが。 数多くの記念日を眺めてゆくと、こんな不思議な記念日も結構あります。 その揚げ足をとっていると、暦のこぼれ話はネタに不自由しないです(かわ うその品性は疑われるでしょうけれど)。 まあ、 1月 1日に「カレンダーの日」と書かれていても、他の沢山の記念日 やお正月行事に埋もれて、誰にも気が付いてもらえない記念日になってしま ったことは間違いないので、12月 3日は「カレンダーの日」として、この日 が来る毎に 何か変だぞ、「カレンダーの日」 と、その由来を思い出して「フフッ」と笑ってみるくらいがちょうどいいの かな? なんておもう、今朝のかわうそでした。
日刊☆こよみのページ スクラップブック