日刊☆こよみのページ スクラップブック(PV , since 2008/7/8)
■「求婚の日」雑感 本日は、1/27。 「求婚の日」です。 【求婚】(きゅう こん) 結婚を申し込むこと。プロポーズ。 《広辞苑・第六版》 「求婚」という言葉自体、ちょっと古めかしい感じですし、そうそう使う言 葉でもないので、いきなり「きゅうこんの日」と言われたら 球根の日? と思ってしまうかもしれません。 今はまだ冬ですが、春はもうすぐそこまできていますから、今から春植えの 球根を用意して・・・なんて想像をしてしまいそうですが、そうではありま せん、「きゅうこん」は「求婚」の方でした。 ◇時代変われば(過去~現在編) 「求婚の日」という記念日は如何にしてできたのだろうかと、想像するとよ くある日付の語呂合わせか? でも、1/27の日付をどう料理しても キュウコン とは読めそうにありません。では、有名な方が熱烈なプロポーズした(ある いはされた)日か? しかし、今日の記念日の「求婚の日」の謂われを読むと、そんな夢からあっ さりとさめてしまいます。熱烈ではなくて、事務的というか・・・。 『先頃女房を離縁して不自由勝ゆえ、貧富を論ぜず、十七歳以上二十五 歳にて嫁にならうと思ふ者は照会あれ。』 簡潔にして明瞭。「家政婦さん求む」ならこの文章でもよいかもしれません けれど(それにしたって、ぶっきらぼうな感じは受けますけれど)。 今の時代の常識で、昔を語ってはいけないとは思いますが、この広告が新聞 に掲載された1883(明治16)年当時では、それ程おかしなものではなかったの でしょうか。気になります(今なら、大分叩かれそうな内容です)。 今の常識では、求婚といえば、一人対一人で行うもの。あるいはせいぜい、 家対家という関係でなされるのもだと考えますが、「求婚の日」の元となっ た新聞広告のような、不特定多数を相手にした募集も「求婚」にあたるので しょうか・・・ (「常識」と書きましたが、基準としたのが私の考えなので、多分に非常識 かもしれません。その点はご容赦ください)。 ◇時代変われば(現在~未来編) 現代の常識(基準:かわうそ)で過去の広告記事を考え、その違和感を訴え たところで、ふと思いました。近頃の求婚もこの明治時代の広告のように、 不特定多数を相手にするようになってきてるなと。 ・年収 ○○○万円以上、身長 △△cm以上、etc インターネット上に山ほどある婚活サイトなどでは、あの広告の内容を幾分 かはマイルドな表現にしてはいますけれど、似たり寄ったりの状況になって いるかも。 もしかしたら、もう少ししたら え、一対一で求婚? そんな野蛮な時代があったんだな なんていう未来がきちゃうかもしれませんね。
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