日刊☆こよみのページ スクラップブック(PV , since 2008/7/8)
■バレンタインデーの話 明日はバレンタインデー。 今や盆と正月とハロウィンと並ぶ(・・・)年中行事と化したバレンタイン デーなので、書かないわけにも行かないかなと、やや不本意ながらも、世間 の流れに流されて本日は、 バレンタインデーの話 でございます(私の座右の銘は「長いものには巻かれろ」・・・)。 ◇聖バレンタインデー バレンタインデーは「聖バレンタインデー(Saint Valentine's Day)」とい われます。 このように「聖××」という場合はだいたいにおいてキリスト教の祭日だっ たりします。バレンタインデーもその通りで、一応はキリスト教の祭日であ りました。 (「祭日でありました」と書いたのは、ローマ・カトリック教会は1969年に この聖人を祝日リストから削除しているためです。) 聖バレンタインと呼ばれる聖人については、3世紀頃殉教したキリスト者で あるとされます。 西暦270年頃、アイルランドのカトリック教徒バレンティヌス(英語読み、 バレンタイン)がローマ皇帝クラウディウスによりとらえられ処刑された。 バレンティヌスが処刑され理由は、若者が戦争へ行きたがらない風潮に手を 焼いていた皇帝クラウディウスが、若者が戦争に行きたがらないのは家族や 恋人、妻たちと離れるのが嫌だからだと考え、それなら結婚を禁止してしま えと、作った若者の結婚を禁止する法律に違反したからと言われています。 「結婚禁止」といきなりいわれても「はいそうですか」とはなかなか言えま せんから、こっそり結婚をという者も出てきて、キリスト教の司祭であった バレンティヌスがこうした結婚したい若者たちの願いを叶えてやったという のが、この法律に触れたわけです。 当時キリスト教は禁教であったため、バレンティヌスは棄教を迫られたが、 これを拒否したため、処刑される結果となったのです。 この日付が2月14日。 このバレンティヌスはその死後1400年後、17世紀に入りカトリックの宗教会 議において「聖人」の列に加えられたことから「聖(セント)バレンタイン」 と呼ばれることになりました。 ただ、バレンティヌスのこうした話は1人だけの話ではなくて、モデルとな った2人あるいは3人の話が混ざり合って出来上がったもののようです。 これで無事に、2月14日がなぜバレンタインデーになったかお解りいただけ たことでしょう。めでたしめでたしです。 ですが、ここに大きな落とし穴がありました。 そう、バレンタインデーになぜ女性がチョコレートを送るようになったか、 聖人バレンティヌスとチョコレートの関係がわからない。 ◇バレンタインデーとチョコレート バレンタインデーが「愛の告白の日」となったことに関しては、ローマでそ れ以前からあった豊穣神の祭り、ルベルカリアの風習との融合であると説明 されている。この祭りの行われる2月15日に女性の名前を書いた籤(くじ) を作り、翌日その籤を引いた男性と、その女性が一年間交際するという今か ら見れば「奇習」がありました。 496年に時の教皇ゲラシウス一世がこのルベルカリアの風習を放埒なものと して禁止し、替わりに殉教者バレンティヌスの事跡と結びつけて教会の祝日 とし、それが愛の告白の日となって今に残ったものだ。今でも欧米ではバレ ンタインカードを贈る(花束や菓子などに添えて)習慣が有ります。 さて、最後に残された問題、なぜ「チョコレート」かであるが、これはチョ コレート会社の販売促進戦略の勝利というのが有力です。 「バレンタインデーにはチョコレートを贈ろう」と東京都内のデパートで行 われたキャンペーンが発端だそうだ(1958年のこととか)。これがいつしか 年中行事となって、現在に至る。よってこの習慣は日本独自なものだそうだ (何れは逆輸出もあるかも)。 実際、キリスト教の盛んな国々でも贈り物が「チョコレート」と決まってい るわけではありません。贈り物がチョコレートという比率が最も高いのはひ ょっとしたら日本かも? 信仰を守って殉教したバレンティヌスが現在の日本の有様を見たらどう思う かは知る由もありませんが、チョコレートの売場には今年も女性が列なす事 は間違い無いないでしょう。
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