日刊☆こよみのページ スクラップブック(PV , since 2008/7/8)
■ガリレオ衛星と世界地図 「暦」と書いて普通は、「こよみ」と読みます。 このコーナーも、「暦のこぼれ話」で「こよみのこぼればなし」と読んでい ます、私は。 一方、「暦」と書いて「レキ」と読む場合もあります。 例えば、天体暦とか航海暦など。これで「てんたいれき」「こうかいれき」 と読みます。「てんたいごよみ」と読んじゃいけないなんて誰も言いません が、まあいきなりそう読まれたら、意味を理解するまで一呼吸余分に時間が かかることだけは間違いないでしょう。 ここで登場させた天体暦や航海暦というものは、普通の人はまず目にするこ とのない暦だと思います。作る国によって、多少の違いはありますが、どち らも1年分で数百ページの、太陽や月、惑星などの位置を表す数字ばかりが ぎっしりと並んだ本の形式をとっています。 日本で作られるものとしては、国立天文台の作る「暦象年表」や海上保安庁 が作る「天測暦」が公的な天体暦、航海暦の例です(古い世代なので、天体 暦に関しては2010年版まで出ていた「天体位置表」が懐かしい・・・)。 どちらも一般の方が使うような暦ではないので、目にする方は少ないと思い ますが、暦象年表に関しては、理科年表の暦部のページにあるようなデータ が、もっと細かな桁まで印刷されているページが続いていると思っていただ ければ、イメージをつかんでいただけると思います。 ◇「The Astronomical Almanac」の中の衛星情報 毎年刊行される、各国の天体暦の中で、おそらく世界で1番沢山出回ってい るだろうものは、米国と英国が共同で刊行している The Astronomical Almanac (以下AAと省略します) があります。 ハードカバーのしっかりした作りで、600頁を越えるずっしりした本です。 いざというときには武器になるかもしれません(・・・)。 天体暦は基本的に数字ばかりなので、どこの国のものを見ても大差ないので すけれど、このAAで目を引く項目に Section F NATURAL SATELLITES があります。「天然の衛星」という項目です。ここには火星~冥王星までの 衛星の位置情報や、衛星の食現象の予報などが掲載されています。日本の暦 象年表には見当たらない項目です。衛星の中でも特に木星の4大衛星(発見 者のガリレオの名から、ガリレオ衛星とも呼ばれます)については、毎月ご との衛星の食現象と木星本体と衛星との相対位置関係をグラフ化した頁があ りかなり重要視されていることが解ります。何のためにって感じですね。 現在、木星の衛星に興味があるという方は、どれくらいいるでしょうか? この日刊☆こよみのページをお読みくださる方は、現在5400名程なのですが これだけの数があっても、いないんじゃないかな? いらっしゃったとして も2桁ということはないでしょうね。 こんな、珍しい情報がなぜAAには載っているのかな? と思いますが、この 辺は歴史と伝統のAAならではかもしれません。歴史と伝統ということで、歴 史にその理由を探ると、そこにはガリレオ衛星の予報と世界地図という、一 見関係などなさそうなものとの結びつきに行き着きます。 ◇ガリレオ衛星と世界地図 コロンブスの新大陸発見(冷静に考えれば「再発見」)やマゼランによる世 界一周航海によって15世紀中頃から、急速に「世界」が拡がりました。陸続 きで古くから知られていた欧州とアジア以外にも、海で隔てられた大陸があ り、それが一つの球体(地球)に配置されていることが解ってきたのです。 世界の姿がおぼろげながらに見えてくると、誰しも思うことは おぼろげではなくて、もっとハッキリ見たい! ということ。ぼんやりした絵じゃなくて、しっかりした世界地図が作りたい と考える人が現れます。最初は変わり者の単なる好奇心から始まったのかも しれませんが、この好奇心の先には「実利」がぶら下がっています。正確な 位置関係が解れば航海は安全に行われるようになり、貿易が盛んになり大き な利益を生み出すわけです。 こうなってくると、初めは物好きの道楽みたいだった探検や世界地図作りが 国の後押しで行われる大事業と成りました。 世界地図を作ろうとした場合、何が必要になるかというと、 1.緯度の測定 2.経度の測定 3.地球の大きさの測定 この3点です。4として地球の形状というのもありますが、地球はだいぶ後に なるまで、楕円形であることが解らないくらい球に近い形でしたので、4に 関しては当面無視しても問題ありませんでしたので、ここでも無視します。 このうち、1と3は比較的容易に解決されました。2地点の緯度の差は、それ ぞれの地点で太陽や恒星の南中高度を測定し、その差を求めれば解ります。 また、南北に並んだ2地点間で緯度の差を求め、さらにその2地点の距離を測 ることが出来れば地球の外周の長さが解ります。もし、2地点間の緯度差が 1°だとしたら2地点間の距離の360倍(360°)が地球の外周の長さです。 この方式にによる緯度と地球の大きさの測定は既にギリシャ時代には行われ ていて、地球の外周が4万km程であることも知られていました(ただし、当 時の人たちの世界観からすると、この地球は大きすぎると感じられたようで 長らくこの値は間違いで、本当は2万5千~2万9千kmくらいと信じられていた ようです。測定、結構正しかったんですけどね・・・)。 こうして、1と3については、2千年以上も前には解決されていたのですが、 残る2の問題、経度の測定の問題は、16世紀に入ってもまだ解決できていま せんでした。この問題に立ちはだかったのは時刻の問題です。 日本の明石で太陽の南中を観測し、その9時間後に英国のグリニッジでで太 陽が南中を観測したとすると、明石とグリニッジの経度の差は、 360°× (9時間 / 24時間) = 135° と求めることが出来ます(もちろん原理の話ね)。 簡単な問題です。 こんな簡単なのに、なんで昔の人はこんな簡単な問題に悩んだんだろうと思 いませんか? でも、この問題は簡単には解決できなかった。なぜなら、明 石とグリニッジで南中を測定した人たちは、もう一方がが南中を観測した瞬 間がいつなのかを知るすべがないからです。 今なら、 明石のJさん 「よーい、テイ!。 南中しました」 グリニッチのEさん 「了解。こっちはまだ夜。そのまま待ってて」 (このまま約9時間の休憩) グリニッチのEさん 「よーい、テイ!。 南中しました」 明石のJさん 「了解。こっちが南中してから9時間かかったね」 と国際電話でやりとりすれば、お互いが観測した瞬間を正確に知ることが出 来ます(ま、この方式だと、1~2秒程度の誤差は生み出しそうですが)。で すが、昔はこんなことは出来ません。 16世紀でも振り子時計などの、ある程度正確な時計は存在していたのですが 遠く離れた地点の時計を「合わせる」方法がなかったのです。それぞれの時 計は、まちまちに時を刻んでいたというわけです。 ◇ガリレオの発見 ガリレオは風の噂で遠くのものを拡大してみることの出来る「望遠鏡」なる ものの存在を知り、自分でレンズを組み合わせて望遠鏡を作りました。 そして、その手製の望遠鏡を月や惑星、太陽などに向けました(太陽に関し ては「よい子は真似をしないでください」です)。 その中の一つ、木星に望遠鏡を向けたときです。明るい木星の回りに、なん だか小さな星が4つ光っていることに気がつきました。そして日を置いて観 測すると、この4つの星の位置関係が変化することに気がつきました。後に ガリレオ衛星と呼ばれることになった木星の四大衛星とその衛星の公転運動 の発見です。 観測を続けていくと、4つの衛星はいつも見えているわけでは無くて、時々 3つになったり2つになったり、また4つに戻ったりすることが解りました。 これは、地球の衛星月が、時々月食を起こすのと同じことが木星とその衛星 の間でも起こっているのです。 その頃、大航海時代で覇権を争っていた欧州の大国はこぞって、正確な経度 を測定する技術を求め、その技術の開発者に懸賞金を与えるといった法律を 作っていたのですが、既に述べた「時計合わせ」の問題をだれも解決できず 経度測定問題は暗礁に乗り上げていました。 この経度測定についての懸賞の話をガリレオも知り、そして思いつきまし た。木星の衛星の食現象を利用すれば、遠く離れた地域でも時計あわせが可 能だということに。 そんなわけで、ガリレオはいくつかの国にこの案を送ったのですが、選ぶ方 に見る目がなかったり、実現する前にガリレオが亡くなってしまったりして 残念ながら、ガリレオ存命中に日の目を見ることはありませんでした。もっ と長生きしていたらね、ガリレオさん。 ◇ガリレオ衛星を利用した世界地図完成 ガリレオ本人は自分のアイデアを利用することなく世を去りましたが、この アイデア自体はその死後に、フランスのルイ14世の後援を受けたパリ天文台 のカッシニが1679年から30年かけて作成した世界地図づくりの経度測定に採 用されました。 1642年に息を引き取ってしまったガリレオさんは、このカッシニの偉業を草 葉の陰からたたえたでしょうか。それとも、「ああ、懸賞金とれたのにな」 と悔しがったでしょうか。 ◇双眼鏡でも見えます、ガリレオ衛星 最後に、木星のガリレオ衛星は明るい衛星なので倍率7~10倍程度の双眼鏡 や小さな望遠鏡でも見ることが出来ます。 今は、木星は深夜から夜明け頃にしか見えないのでちょっと時間帯がよくな いですけれど、あと2ヶ月もすると夕方には東の空に昇ってくるのが見える ようになりますので、機会があれば眺めてみてください。 ガリレオは、この木星とその衛星の動きを見て、地動説を考えたともいわれ ます。あなたも(お子さんも?)、太陽系の縮図のような、木星とその衛星 たちを一度ご覧になってください。 ちなみに、木星の衛星の位置などの情報は前述AAなどで知ることが出来ます が、AAはちょっと高すぎますし専門的過ぎるという方は、「天文年鑑」とい う本(2020年版は1200円)にも同様の情報が掲載されています。本屋さんで 見かけたらよろしく。 最後は、ちょっと宣伝でした。
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