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■「『夏至』の解説」について --------------- S さんからの質問メールより抜粋 ---------------- > Subject: 夏至の解説について > 話題としてはもう過ぎてしまった話でありますが「夏至」についてです。 > > 私の記憶では、夏至は、「太陽の南中高度が最も高くなり、そのため昼 > の長さが最も長くなる」と思っていたのですが夏至についてインターネ > ットのいくつかのサイトを読んでみましたところ、 > > 「昼の長さが最も長い日」という結果の部分しか記述していないものが > 多く見られました。太陽の南中高度について記述されているのは多くが > 個人サイトでした。 > 「夏至は南中高度が高い」と表現するのはあまり正しくないのでしょう > か。 ------------------------------------------------------------------- さて、よくある「読者からの質問」からスタートした本日の暦のこぼれ話で す。まず、この質問について私に答えられることとしては 「夏至は南中高度が高い」という説明は間違ってはいない と言うことです。ただし、ちょっと気になる点もないことはないので、揚げ 足をとられないためには「北半球の北回帰線以北の地域では」と限定してお くとよいかもしれません。夏至を6月にある夏至のことだとすると、南半球 や、赤道近辺ではそうならないので。 まあ、普通は日本語で書かれたこうした説明の多くは暗黙の了解で日本国内 とか、日本が位置する北半球の中緯度地帯での話としてなされますから、地 域の限定は言わずもがなといったところでしょうね。 ちなみに、今年2021年の日本の夏至の日付は6/21。 この日前後の太陽中心の南中高度を東京(北緯 35.68°,東経 139.75°とす る)で計算すると 日付 南中高度 昼時間 6/20 77°45′06″ 14時間 35分 21秒 ○6/21 77°45′25″ 14時間 35分 24秒 6/22 77°45′20″ 14時間 35分 23秒 南中高度の後には、ついでに日出~日没までの時間も「昼時間」として記載 してみました(「昼時間」とは、日出~日没までの時間を表す言葉として私 が勝手に使っている言葉です。悪しからず)。南中高度については、大気さ 補正などは行っていません。 夏至の日とその翌日を比べると、南中高度の差はわずか5″。なじみのある 角度の単位「°」のざっと 1/700。太陽の見た目の大きさのこれまたざっと 1/400ですから、極わずかな差ではありますが、確かに前後の日より南中高 度が高い(3日しか書いていないのは手抜き。その前後は勿論、更に南中高 度は低くなっていますのでご了承ください)。 ついでに並べてみた昼時間の長さはというと、こちらも夏至の日が一番長い ことがわかりますが、こちらもその差は3秒と1秒とほんのちょっとの差。 夏至や冬至の近辺では太陽の高度の日ごとの変化が非常に小さくなり、これ に合わせて昼時間の日ごとの変化も非常に小さなものになるので、こんなも のでしょう。 ◇昼時間の変化と太陽高度の変化の関係 季節による昼時間の変化は地球の自転軸が地球の公転面(黄道面)と直交し ていないためです。黄道面と地球の自転軸が直交していれば季節による昼時 間の変化は起こりません(細かなことを考えると若干は変化してしまうので すが、本質的な話ではないのでここでは「変化しない」とします)。 この昼と夜の長さが季節変化すると言うことと、その原理については小学校 か中学校の理科の時間に習っているはずですね。そしてこの黄道面と自転軸 が直交しない(およそ66.6°の角度で交差します)ために起こる現象として は南中高度の変化もその一つ。昼時間の長さの変化と太陽の南中高度の変化 は切っても切れない関係にあります。何せ、どちらもその原因が同じ、黄道 面と自転軸の傾きだから。 ◇説明では「昼が長い日」のほうが優勢? では「昼の時間が長い日」という説明が優勢なのはなぜでしょう? ここから先は私の勝手な推測ですが、日常生活を振り返って見ると、夏至と か冬至の時期を実感するのは「昼が長くなったな」とかその逆になったなと 感じる瞬間です。あんまり太陽の南中高度を意識することはありません。 私が「日本人の標準」と言うつもりはさらさらありませんが、他の人の感覚 も似たり寄ったりなのでは? だとすると、一般の方に説明するなら、一般の人が夏至に感じる最大の特徴 である「もっとも昼が長い日」を最初に説明するのは理解できます。そして あまり気にされない「太陽の南中高度がもっとも高くなる日」という説明を 省略してしまうのも理解できます。 更に更に、勝手な推測を加えてしまえば公的機関でのこうした説明って 「わかりやすく、できる限り簡潔に」 ということが求められますから、「太陽の南中高度がもっとも高い」なんて 書くと 「『太陽の南中高度』なんていう言葉は、一般には通じにくいのでは?」 なんて言われかねない。その点「昼の時間が最も長い日」と書けば、この説 明が通じないと言うことはまず無いでしょうから、どちらかを選ぶとしたら 「昼の時間が最も長い日」に軍配が上がると思います。そして「簡潔に」と 言う観点から、1つの説明でわかるなら、2つめの説明を書く必要は無いとい った判断が指されるのではないかな・・・(半ば実体験)。 ◇暦と天文学の発達の歴史から考えると・・・ さてさて、昔々の小学校か中学校の理科の時間に、夏至や冬至の日が特別な 日であることを確かめる観測をしたとすると何が出来るかというと、それは 太陽の南中高度の測定でしょう。 「高度の測定」と言うと難しい感じですが、実際には何をするのかといえば たぶん、「棒の影の長さの変化の観察」ってところだと思います。 太陽の南中高度が最も高くなると言うことは、その瞬間の棒の影は一年で一 番短くなるはず。 現に、暦を作るために夏至や冬至の日を割り出すために行われていた作業は この「棒の影の長さを測る」ことでした。 「昼の長さの変化」は測らなかったのかというと、これはかなり難しく、不 可能に近いことがわかります。まず、日出の瞬間と日没の瞬間に地平線まで 雲一つ無い条件である必要があること。大気の屈折の条件などが一定である こと。日出、日没方角に山や建物などが全くないこと・・・と理想的な条件 がそろう必要があります。そして、こうした条件以上に難しい問題がもう一 つあります。それは・・・ 正確な時計があること です。今年の夏至とその前後の日の昼時間の長さを掲げましたが、その差を 思い出してみてください。わずかに3秒とか1秒とかの差でした。こうした差 を計測するためには、少なくとも数日間で1秒程度の誤差しかない正確な時 計の存在が前提となります。現在ならこれくらいの精度の時計を手に入れる ことは難しくないかもしれませんが、暦を作るために夏至や冬至の日を観測 していた時代に、そんな時計があったはずはありません。 勿論、体感的に夏至の頃には「昼の時間が長くなったな」と感じることは出 来ても、「今日が夏至の日」と言うことを昼時間の変化から得ると言うこと は事実上不可能だと言うことは容易に想像できることです。 なぜ「多くのWebサイト」に太陽の南中高度が最も高くなる日という記述が ないのかは、本当のところは何ともいえないのですが、今回のご質問をいた だいて、「夏至の日は昼の時間が最も長い日」と当たり前に使っている説明 を確かめるのが実は大変なことなんだなんて言うことを改めて思い出してみ るいい機会となりました。 上手くまとめられない本日の「暦のこぼれ話」でしたが、「常識」を確かめ ることの難しさを考えるいい材料をいただいたなと、感じましたので取り上 げさせていただきました。 元となったメールをくださった Sさん、ありがとうございました。
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