日刊☆こよみのページ スクラップブック(PV , since 2008/7/8)

■「晦日に月が出る」のはおかしい?
 本日2021/12/5は新月の翌日。旧暦の日付で言えば二日(旧暦十一月二日)
 にあたり、晦日からは2日が経過してしまっていますが、取り上げるのは

  晦日の月

 の話。
 「おいおい、何だよ、今さら」なんて言わずにお付き合いください。

◇まずは「晦日に月が出る」という言葉から 
 広辞苑の第六版(←まだ七版、買ってません・・・)を引くと

 【晦日に月が出る】
  あり得ないことのたとえ。
  俗謡「女郎の誠と玉子の四角、あれば晦日に月も出る」による。
  誹風柳多留33「ひよく塚晦日に月の出た処」
   《広辞苑・第六版》

 とあります。明治時代に行われた旧暦から新暦への改暦直後に出された新聞
 の中には辞書の語釈に登場した俗謡を引いて、新暦を批判したものがありま
 した(東京日日新聞:毎日新聞東京本社の前身)。

 月の満ち欠けとは無関係に作られる新暦(太陽暦、グレゴリオ暦)ですから
 新暦では暦月の末日、つまり晦日の日に月が出ることは、不思議でも何でも
 ないことになりますが、太陰太陽暦を使い続けていた人たちの常識からした
 ら、晦日に月が出るような暦は、どこか間違っているという感覚があったの
 でしょう。

 その「どこか間違っているという感覚」を煽って、論理も何にもない批判を
 展開しているあたり、某新聞社の伝統は明治の初めまでさかのぼれるものな
 んだな(あくまでも個人の感想です!)。
 おっと、本題に戻らなくっちゃ。

 この俗謡に並んだ「女郎の誠」「玉子(卵)の四角」「晦日の月」はいずれ
 も「あり得ないもの。馬鹿げたもの」の例えとして使われています。

 最近はおかしな平等意識や言語感覚の方々がやかましいので「女郎の誠」な
 んて使ったら炎上間違いなし(?)事案でしょうが、昔そうした俗謡があっ
 たとか、それを引用して新暦を批判したという話なので、本日の暦のこぼれ
 話ではくれぐれも「燃え上がらない」様に願います。よろしく。

 「女郎の誠」の有無や、この言葉が炎上するか否かといった話はひとまず置
 くとして、四角い卵や晦日の月は常識的には「あり得ないもの」の代表格だ
 ったことは読み取れます。太陰暦を使っていた時代には「晦日に月」はある
 はずが無いことが常識であったから、この俗謡の歌詞を皆納得して受け入れ
 ていたのでしょう。

◇常識必ずしも真実に非ず
 中国生まれの太陰太陽暦は、新月から始まって次の新月の直前の日で終わり
 ます。暦月の最後は、29日乃至は30日のいずれかであったので、いつの頃か
 らか「みそか=三十日」と呼ばれるようになりました。

 晦日は「みそか」と読む以外に「つごもり」とも呼びます。
 こちらの読みは月が見えないことから、月が籠もって出てこない日、つまり
 「つきごもり」から出たものです。

 この言葉からも、晦日は月が籠もって出てこない日と考えられていたことが
 うかがえます。つまり晦日の月は有り得ないことは常識だったのです。
 しかし、この常識は果たして真実でしょうか?
 往々にして常識必ずしも真実ではないということがありますが、この晦日に
 月が見えないという昔の「常識」もまた、真実ではありません。

◇晦日に月が見える?
 新月の瞬間は日食でもないかぎり月を見ることは出来ません。新月の瞬間に
 月が見えないのは事実ですが、これと「新月の日に月が見えない」というこ
 とは同じではありません。

 新月の日と言うのは、新月の瞬間を含む日です。例えば新月の瞬間が、 0時
 01分であっても、23時59分であっても、これを含めばその日は新月の日とな
 ります。

 新月の瞬間からどれくらい時間が離れれば月が見えるでしょうか。二日離れ
 れば見えます。これが三日月です。
 注意してみると時々その一日前、二日月が見えることがあります。つまり新
 月の次の日には見えることがあるわけです。

 例えば、 0時に新月の瞬間を迎えたとすると新月の翌日の夕方は新月の瞬間
 から約1.75日(36時間)経過しているわけで、こういう好条件のときがあれ
 ば新月の翌日でも月が見えることがあるのです。

 これと同じく、新月の瞬間が新月の日の夕方~夜の時間帯にあったと考える
 と、その前日の明け方には、月は十分見える可能性があるわけです。もちろ
 んこうした好条件に恵まれたとき以外は、大体晦日に月を見ることは出来ま
 せんので、「晦日の月」が有り得ないものというちょっと事実と違う常識が
 出来てしまったことも理解は出来ますが、事実でないことは確か。

 本当は、注意してみると案外、晦日に月が出ることがあるとわかるんですけ
 れどね。

◇「晦日の月が見えました」報告
 一昨日の2021/12/3、日刊☆こよみのページの読者、Pinettyoさんからこん
 なメールを頂きました。

 「今朝はとてもうれしいことがありましたのでメールさせていただきます。
  何気なくベランダから空を見上げますと、東南の方向にうっすらと何かが
  見えます。こんな形にです(6:07)
   ・・・ここに、見えたものの形のスケッチ画・・・
  (中略)その後6:19にはもう見えなくなっておりました。」

 この12/3は、旧暦では十月二十九日。三十日(みそか)ではありませんが、
 この暦月は小の月でしたので二十九日でも確かに晦日(みそか)。
 Pinettyoさんがご覧になったのは晦日の月ということになります。
 ほら、晦日の月が見えないなんてことはないという証拠です(って、自分が
 見たわけでもないのに・・・Pinettyoさん、ありがとう)。
 Pinettyoさんのご覧になった晦日の月に関する諸条件を確かめて見ると

 12/3 の月と太陽の状況
  月出 4:55 , 6:09の 月地平線高度 12.3°, 月齢 28.0 (-1.44)
  日出 6:33 , 6:09の太陽地平線高度 -5.4°, 月との離隔 約21.6°

 直近の新月の瞬間は 12/4 16:43 ですので 12/3 6:09 はその 34時間34分前
 ということになり、日数で表せば 1.44日。前述のデータの月齢の()内の数
 値はこの 1.44日で、新月の瞬間から遡って考えた場合の月齢を参考として
 表したものです。
 なお、観測地点は東京(北緯35.68°,東経 139.75°)としました。また地
 平線高度に関しては、大気による屈折である大気差を考慮しない値です。

 新月の瞬間が翌日の日没頃でしたので先に書きました晦日の月が見えやすい
 「新月の瞬間が新月の日の夕方~夜の時間帯」という条件に合致した月だっ
 たわけです。よかったですね。

 新月の一日前、晦日の月の見えた状況を数値で示したところで、これに対応
 しそうな、新月の一日後、つまり本日の夕方の状況を考えてみましょう。
 ある程度条件をそろえるため、基準として、太陽の地平線高度が前述データ
 と同じ-5.4°となる12/5 16:52を考えてみます。その結果は次の通り。

 12/5 の月と太陽の状況
  月没17:11 ,16:52の 月地平線高度  2.6°, 月齢  1.0
  日没16:28 ,16:52の太陽地平線高度 -5.4°, 月との離隔 約15.8°

 この日の月は、新月の日の翌日の月なので「二日月」と言うことになります
 が、条件を見るとなかなか厳しい。

 月の地平線高度はわずか2.6°なので、西側に視界を遮る山や建物などがあ
 れば見ることが難しいですね。更に月と太陽の離隔も、12/3の晦日の月の
 21.6°より6°近く小さく、それだけ太陽に近いわけで、太陽の明るさに埋
 もれて見ることが難しくなります。

 新月の瞬間から、計算した12/5 16:52までの時間は24時間9分と、Pinettyo
 さんがご覧になった晦日の月と新月の瞬間の時刻との差、34時間34分より約
 半日分も間隔が短いので条件はよろしくありません。

 こうしたことを考えて、今回の新月前後の晦日月、二日月、三日月を見る難
 易度を示すと

  (難) 二日月 → 晦日月 → 三日月 (易)

 といった具合になりそうです。今回について言えば、晦日月を見ることは二
 日月を見ることよりは易しかったといえるでしょう。とはいえ、この好条件
 を捉えて、旧暦時代の人たちも常識的には見えないものと考えていた「晦日
 の月」に気付いたPinettyoさんの観察力はすばらしいですね。

◇今日の二日月
 「条件がよくない」と書いてしまっていた本日の二日月ですが、事前に準備
 して、双眼鏡や望遠鏡で狙うならば、細い細い二日月の姿を捉えることは十
 分可能です。
 西南~西南西の空が開けている場所にお住まいの方は試してみてはいかがで
 しょう(私が住んでいる街の西側は山が迫っているので・・・)。

 チャレンジしてみようという方がいれば、日没の瞬間の太陽の位置を基準に
 太陽の南7°,地平線からの高度角は太陽の上7°あたりに月があるはずです
 ので、これを手がかりに探してみてください。
 チャレンジの結果も教えていただけると、嬉しいです!

◇最後は「さもしい考え」
 本日のこぼれ話の後半を書きながら思いました。
 晦日月にしても、二日月にしても、普通では見ることが難しい(つまりは、
 見たことのある人が少ない)ものを

  見たことあるもん!

 と自慢したい欲望や、物好きな感覚ってありますよね。
 でも、本日書いたように、晦日月とか二日月が見えるか否かの条件は、毎回
 結構違うもの。ならば晦日月や二日月を見るのに適した日の情報なんて作っ
 たら、一部の物好き連中(当然、私も入る)には有用な情報になるかも?

 「こよみのページ」なんてサイトを長く続けていると、こんなさもしい考え
 がすぐに浮かんでしまうようになります。嗚呼恥ずかしい(元々がさもしい
 考えの持ち主だったのかも知れないけど、昔のことは忘れました)。

 晦日月を偶然見て純粋に感動したPinettyoさんと、すぐに不純なことを考え
 るかわうそ。純・不純、人間性の差を明確にした本日の暦のこぼれ話。
 あ、違った。『「晦日に月が出る」のはおかしい?』の話でした!

日刊☆こよみのページ スクラップブック