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■七十二候の日付が違う? 昨日の6/27、Twitterでフォローさせていただいている「暦生活」のツイート を見ていたら、6/27が七十二候の「菖蒲華(あやめ はなさく)」の候入の 日になっていました。 あれ? 確か6/26に自分は「菖蒲はなさく」と七十二候の候入のツイートを したような記憶が。間違いかな? 最近物忘れが激しいから、記憶違いかと 思って、こよみのページで確認してみるとやはり、6/26。フム、ならば暦生 活の6/27の原因は? ◇厄介な候入の瞬間の時刻 今回は、七十二候の話ですが、七十二候の元(?)と言ってもよいかもしれ ない二十四節気の節入についても、たまにこうした問題が発生します。その 多くの場合は、節入や候入の瞬間の時刻が日付の変わる0時に近い場合に起 こります。 現在の二十四節気は太陽の中心位置の黄経(黄道座標という極座標系の経度 方向の角度のこと)で決められています(このように角度によって分ける方 式を「定気法」といいます)。二十四節気を例とするとこの方式では 黄経 90°・・・ 夏至 2022/6/21 18時13分48秒 黄経 105°・・・ 小暑 2022/7/07 11時37分57秒 となります。行末の年月日時刻は、この方式で計算した今年の夏至と小暑の 節入の基準となる日付と時刻です。 このように定気法の二十四節気では15°ごとの決められた黄経を太陽が通過 する瞬間を含む日が節入となります(15°=360°/24)。 ここで気をつけないといけないのが、この決められた黄経を太陽の中心が通 過するのは一瞬で、節入の日はその「一瞬」を含む日だと言うこと。 たとえば ○月△日 23時59分59秒 にこの瞬間があったとしたら「○月△日」が節入日となります。あと1秒し たら翌日だから、節入日は翌日に繰り越しなんてことにはなりません。 ただ、このように日付が変更される時刻に非常に近い位置で節入の基準とな る瞬間を迎えると、使用している暦や計算精度によって、正しい結果が出な いような場合もあります。 では今回の件はどうでしょう? 七十二候は二十四節気の一気の期間を更に細分し3分割したものですので、 二十四節気に習って、角度で分割してみます。15°の一気を3分割しますか ら 5°間隔で候入の瞬間を求めてみると 黄経 90°6/21 18時13分48秒 (乃東枯る) ・・・ 夏至 黄経 95°6/26 23時59分40秒 (菖蒲はなさく) 黄経 100°7/02 05時47分17秒 (半夏生ず) 黄経 105°7/07 11時37分57秒 (温風至る) ・・・ 小暑 問題の「菖蒲はなさく」を見ると、「あ、やっぱり」と言った感じで、基準 となる黄経通過時刻が、日付が変わる時刻に非常に近かったことがわかりま す。その差の20秒と言えば、1日を単位で示せばたった、0.00023日です。 とはいえ、わずかな差とはいえ日付としては、6/26なので七十二候も定気法 で計算しているこよみのページでは「菖蒲はなさく」の候入は 6/26として います。 ◇候入にまつわる、更に厄介な問題 こよみのページで「菖蒲はなさく」の候入を 6/26とした理由は上記のよう なもの。二十四節気も定気法で計算しているので、七十二候もその延長にあ るものととらえて、定気法で計算した結果です。 では、話の発端となった「暦生活」の 6/27は間違いなの? というと、そ うとは言い切れません。七十二候の計算にはもっと厄介な問題があるからで す。七十二候の計算のもっと厄介な問題とは そもそも、明確な計算方法が決められていない と言うことです。なんと! 現在、二十四節気の計算には太陽中心の黄経によって決定する定気法が使わ れていることは既に述べた通りですが、二十四節気をこの定気法で定めた日 本の暦は、最後の太陰太陽暦である天保暦ただ一つです。現在はこの天保暦 の採用した定気法を踏襲して、二十四節気を求めるのが一般的です。 では、天保暦より前の暦ではどのように二十四節気を求めていたかというと これは、一年の日数を24等分して一気の日数をもとめ、これを前年の冬至の 瞬間を基点として順次積算してゆく方式で、二十四節気の節入りの基準とな る瞬間を求めていました(これを「恒気法」といいます)。 恒気法は定気法に比べて計算が容易なので、恒気法時代は二十四節気も七十 二候もこの方式で決定していました。 普通に考えれば、恒気法時代には二十四節気もそれを細分化した七十二候も 恒気法を用いていたということは、定気法時代に入ったなら、二十四節気も 七十二候も定気法で求めた・・・ということになりそうですが、これがはっ きりしません。 恒気法に比べて定気法での二十四節気の決定は、計算量が多くて大変な作業 です。とはいえ、二十四節気は暦の骨格のようなものなので、正確な暦を作 るためには手を抜くことが出来ない部分。大変な作業でも仕方ない、計算し ましょうとなりますが、一方の七十二候はというと、これを厳密に計算した ところで、他には何の影響も与えません。「作暦」という作業から見れば、 合ってもなくてもよいようなものなのです。オマケみたいなもの。 となると、このオマケみたいなもののために、大変な定気による二十四節気 の計算の更に倍もある計算をしてやる必要はないので、手を抜いた可能性が 大です。と言うか、そもそも計算さえしなかったかも。定気法を採用した天 保暦では、七十二候の日付を記載することをやめてしまいました。 うーむ、困った。 一応、計算したとして、どのような計算を下か推測すれば A.定気法で二十四節気も七十二候も求めた。 B.定気法で求めた二十四節気の一気の日数で3分割し七十二候を求めた。 C.定気法で求めた二十四節気を基点に、1年の1/72の日数を積算して、 その気内の次候、末候の候入りを決める方式で七十二候を求めた。 のいずれかに落ち着くと思われます。ただ、Cに関しては、二十四節気の計 算に定気法を採用した時点で、季節により節気と節気の間の一気の長さが一 定でないことは解っていたはずなので、わざわざこんなことをするとは思え ません(計算の簡単だった恒気法時代を懐かしんだのなら別ですが)。 となると、AかBか。 唯一手がかりとなりそうなので間もなくやってくる「半夏生」。これは七十 二候の第三十候ですが、同時に雑節の一つにも数えられており、そのために 天保暦にも半夏生だけは、その日付が書き入れられています。やった! と喜んだのもつかの間。天保暦が使われた期間はわずか29年。たった29年で は、AとBの方式で半夏生の日を計算した結果が異なるなんていう都合のよい 年がないので、どちらで計算したのかは結局、藪の中です。残念。 さてさて、こよみのページの七十二候の計算方式はA方式で、この方式で計 算すると、「菖蒲はなさく」は 6/26からとなるとは既に書いたとおり。 では、B方式ではどうなるのか? 夏至から小暑までの日数(つまり夏至の一気の長さ)は15.72510528日。 この一気の日数を3分割したものを夏至の節入の瞬間の日時に加えると 6/27 0時01分51秒 ・・・ B方式での「菖蒲はなさく」の候入 となります。を、「暦生活」さんの 6/27となりますね。もしかしたら「暦 生活」さんのお使いの資料は、B方式で計算されたものなのかもしれません ね。 ちなみに、Web こよみのページでも、サイト開設の初期にはB方式を用いた こともあったのですが、「二十四節気を定気で求めるなら七十二候も定気を 求める方が素直なやり方」と考えて、現在は七十二候計算も定気法で計算し ています。なんと言っても昔の作暦者たちを悩ませた「計算量の問題」は、 現在は、コンピュータが引き受けてくれますからね。 本日は、偶然見かけた七十二候、「菖蒲はなさく」の日付の違いから、七十 二候の計算方法などについて書いてみました。 面倒くさい話かもしれませんが、参考になれば幸いです。
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