日刊☆こよみのページ スクラップブック(PV , since 2008/7/8)

■江戸時代の「日の始まり」はいつ?
 「日」の始まりはいつ? 現在のそれは午前零時(真夜中の零時)ですが、
 昔はどうだったのでしょう?
 本日は、江戸時代(旧暦時代)の「日の始まり」の時刻の話です。

 「江戸時代の一日の始まりは夜明けだった」という話を耳にすることがあり
 ます。こうした場合、区切りとされた夜明けの時刻は、「明け六ツ(あけむ
 つ)」でした(これに対して昼の終わりの夕暮れの時刻は「暮れ六ツ」とい
 います)。この「六ツ」というのは時代劇や古典落語の世界でよく聞く昔の
 時刻の表し方です。

  「今何時(なんどき)だい?」
  「へぇ、九ツ(ここのつ)で」

 といった具合に使われたものです。この数字を使った時刻の不思議なことは
 昼と夜の長さに応じて、その長さが変わってしまうということです。

 昼と夜の区切りはそれぞれ明け六ツ(あけむつ)、暮れ六ツ(くれむつ)で
 この区切りで区切った昼の長さを昼に属する

  六ツ、五ツ、四ツ、九ツ、八ツ、七ツ

 の六つに均等にわけて昼の時刻の間隔を決め、夜も同様に夜に属する六ツ、
 五ツ、四ツ、九ツ、八ツ、七ツに分けて夜の時刻の間隔を決めるというもの
 です(時刻の順番が6,7,8 ・・・ じゃなく 6,5,4,9,8,7 と変わるのも不思
 議ですけど、本日の話とは直接関係ないので「そういうものだ」と受け止め
 てください)。

 ですから、同じ九ツでも昼九ツと夜九ツでは長さが違い、その上季節によっ
 てもそれぞれの長さが変わるというものでした(夏は昼が長く、冬は夜が長
 い)。これは江戸時代に使われた長さの変わる時刻法、不定時法の一種です。

 この昼と夜の区切りに当たる明け六ツと暮れ六ツの始まりですが、昼と夜の
 始まりだから、日の出と日の入りの時刻だろうと思うと、さにあらず。朝な
 ら空が白んであたりの風景が見え始める瞬間、夜なら夕方の空に明かりで見
 えていた町並みが見えなくなる瞬間とでも申しましょうか(今なら、薄明と
 か薄暮といわれる薄明かりの時間帯の始まりと終わりのことです)。

 江戸時代の人々にとっては、その生活活動は明け六ツに始まり、暮れ六ツに
 は終わって家に帰り、あとは夕飯食べてさっさと寝ちゃうというのが基本パ
 ターンだったと思われます。
 ということで、「江戸時代の一日の始まりは夜明けだった」と考えられるよ
 うになったわけです。

◇暦日の始まりも「明け六ツ」?
 さて、江戸の人々の日常の一日の話をしたところで、次は残念なお知らせ。
 それは、暦の上の一日の始まりは、こんな江戸の人々の生活常識とは異なっ
 ていたということです。

 日本できちんとした暦が使われるようになったのは六世紀末頃と考えられま
 す。当時は中国から輸入した暦をそのまま使用していた時代ですが、この時
 代からそれ以降ずーっと日本の暦の日付の区切りは

  正子 (しょうし ・・・ 「子の正刻」の意味)

 今で云うところの夜の零時でした(ちなみに、この正子が夜の九ツとなりま
 す)。公的な行事、記録はこの正子で区切った日付によって為されるのが基
 本。もちろん暦月の区切りもこの正子で区切られた日付の変わり目に従って
 切りかわります。

 この辺の話は「日本では昔からそうだった」というより、日本が暦を学んだ
 中国が昔からそうしていたので、習った日本も当然のように、そうなってし
 まったわけです。

◇使っている方も混乱していた?
 さて、暦日の区切りはずっと正子だったという話をしました。これは「暦を
 作る側の常識」であったのは間違いないのですが、暦を使う側までこの常識
 が浸透していたかというと、どうもそんなことはなかったようです。

 江戸時代に生きた人たちも結構このあたりは混乱して使っていたようで、暦
 の上では日付が変わったはずの正子(夜九ツ)~明け六ツ前に起こった事の
 記録を、前日の日付で記入しているということがかなりあったようです。

 江戸時代の学者として有名な本居宣長は細かなことが気になる方だったらし
 く、もし自分が亡くなった時刻が正子以降であったら、日付が変わっている
 ので命日を間違えることがないようにといった注意書をわざわざ書き残して
 います。

 「自分が死んでしまった後のことなんだから、そんなことどうでもいいじゃ
 ないか?」と思うのは、いい加減なかわうそですが、宣長さんはその辺もキ
 ツチリしておかないと気の済まない方だったのです。本居宣長がわざわざこ
 んなことを書き残こさねばならなかったということは、裏を返せばそれほど
 よく間違いが起こっていたという証拠でもありますね。

 古文書に記された日付にはこうした誤りが、結構混じっているようです。
 「日付なんて当たり前のことを書き間違えるはずはない」なんて思いこんで
 古文書の日付を鵜呑みにすると有りもしない「歴史のミステリー」を作り出
 してしまうことにもなりかねません。

  日付は、真夜中の正子(≒深夜の零時)に切りかわる

 実は日の区切りは江戸時代(旧暦の時代)も現代も基本は変わっていなかっ
 たという本日の暦のこぼれ話でした。

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