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■江戸時代の不定時法についての質問(2)
 昨日に引き続き、2025/8/22の暦のこぼれ話の記事

  『「おやつ」の時間・・・不定時法の話』

 に関連して読者の方(お二人)からいただいた「江戸時代の不定時法」にま
 つわる質問に答えてみたいと思います。昨日はhamtakさんからの、暦の上で
 の夜明けと日暮れの計算にかかわる数値についての質問(指摘?)について
 とりあげましたので、本日は、もうお一方(たろうさん)からの質問を採り
 上げました。いただいたメールの内容は以下のとおりです。

 ----------------------- たろおさんから質問 -------------------------
 Subject: 不定時法の細かいところについて質問

  (中略)
 当メルマガの 2025/08/22号 の「暦のこぼれ話」で
 不定時法の話しがありました。

 今回の話しでは語られておりませんでしたが、
 他に
 ・刻の区切りは各時辰の中心(正刻)であること。
 ・昼夜の調整は二十四節気が変わるごとに行う。
 などがあるかと思います。

 これらを踏まえて、かねてより疑問に思っていることがありまして、
 ご存じでしたらご教授いただけませんでしょうか。

 1.昼夜の区切りは明六ツ(卯の[正刻])、暮六ツ(酉の[正刻])になりますが
   そうなると卯の刻は前半が夜時間、後半が昼時間(酉の刻 はその反対)
   となり、他とは違う特別な長さの刻になるということでしょうか。

 2.昼夜の調整が行われるのは二十四節気が変わる日の 子の正刻 になるの
   かなと思いますが、その場合、前日が終わる直前と日が変わった直後と
   でズレが生じる(ちょっと飛んだり戻ったり)のではないかと思うのです
   がどうなのでしょうか。
  (後略)
 ------------------ たろおさんから質問・ここまで --------------------

 今回いただいた、たろおさんからのメールを拝見してまず思ったことは、

  「どうやら、よくある誤解をなさっているようだ」

 ということでした。
 質問に答える前に、まずこの「よくある誤解」について説明しておきましょ
 う。江戸時代の時刻制度はかなり、混乱していました。
 混乱していた理由は簡単、定時法と不定時法という異なる二つの時法が同時
 に使われていたからです。

 たろおさんの質問に答えるためには、江戸時代の定時法と不定時法について
 その基本を押さえておく必要があります。

◇江戸時代の「定時法」について
 江戸時代に使われていた定時法は、1日の長さを均等に12分の「辰刻(しん
 こく)」に分割して、それぞれの辰刻に子~亥の十二支の名前を付け

  子の刻、丑の刻、・・・

 のように呼ぶものでした。
 この時のそれぞれの辰刻は現在の2時間に相当するもので長さはすべて同じ
 です。季節によって辰刻の長さが変わることもありませんので「定時法」と
 呼ばれます。

※ここで時間の長さの基準となる1日は、実際の太陽の動きで測った真太陽日
 なので、その意味では、わずかな季節変化が生じます。しかしその差はご
 くわずかで、今回の説明には直接関係しないの無視します。

 1辰刻の長さは現代の2時間に相当します。これをさらに前半と後半に分けて
 前半の始まりを初刻(しょこく)、後半の始まりを正刻(しょうこく)と呼
 び「子の初刻」「子の正刻」のように細分して使うこともありました。

 この定時法は現在、私たちが使う時刻系に近いので、両者の対応を考えるの
 は簡単で、次のようになります。

  子の刻 (23時~ 1時) 子の初刻(23時) 子の正刻( 0時)
  丑の刻 ( 1時~ 3時) 丑の初刻( 1時) 子の正刻( 2時)
   (中略)
  戌の刻 (19時~21時) 戌の初刻(19時) 戌の正刻(20時)
  亥の刻 (21時~23時) 亥の初刻(21時) 亥の正刻(22時)

 定時法の「刻」(「辰刻」とも書く)は長さが変わりませんから、一定の時
 間の長さを測ることのできる「時計」を使うことに慣れた私たちにはわかり
 やすい時刻系です。時の長さの単位が一定なのは、暦の計算などには便利で
 すから、基本的に暦の計算、表記はこの定時法でした(例外は天保暦)。

 この時法で唯一厄介なところがあるとすればそれは、日付の変更が子の刻の
 半ばの「子の正刻(正子)」に行われることくらいでしょう。この子の刻だ
 けは、その前半と後半とで、日付けが異なってしまいます(ここは要注意で
 す)。

◇江戸時代の不定時法
 これに対して不定時法は

  暁九ツ、暁八ツ、暁七ツ、明六ツ、朝五ツ、朝四ツ、
  昼九ツ、昼八ツ、夕七ツ、暮六ツ、夜五ツ、夜四ツ

 暁・明・朝・昼・夕・暮・夜などの文字が付くのは「九ツ」のような言葉が
 1日に2度現れるので、これを区別するためです。なおそれぞれの時刻は

  四ツ時(どき)

 のように「時」を付けて呼ぶこともあったようです。ちなみに、それぞれの
 「時」の半分の時刻は「四ツ半(はん)」のように表現したようです。

 この時法では

  昼:明六ツ~暮六ツ
  夜:暮六ツ~明六ツ

 の期間として、昼と夜それぞれを六分割して

  昼:明六ツ、朝五ツ、朝四ツ、昼九ツ、昼八ツ、夕七ツ
  夜:暮六ツ、夜五ツ、夜四ツ、暁九ツ、暁八ツ、暁七ツ

 に割り振ります。昼と夜の区切りとなる明六ツは夜明け、暮六ツは日暮れの
 瞬間です(これは、2025/8/22号の暦のこぼれ話に書いた通り)。

 昼と夜の長さは同じではないので、「時」の長さは昼と夜とで異なります。
 また夜明けや日暮れの時刻は、季節によって大きく変わりますから、これを
 基準にして決まる「時」の長さは、季節によっても変化します。このように
 「時」の長さが一定しませんので、不定時法と呼ばれるわけです。

 不定時法は、今から見れば大変不便な、不思議な時法ですが、時計などなか
 った時代においては、時を知るための身近な道具(?)といえば太陽でした
 ので、江戸時代の人々のほとんどは、太陽の動きを基準とした不定時法に則
 って、暮らしていたのでした。

◇定時法と不定時法の時刻が一致する瞬間
 大きく異なる江戸時代の定時法と不定時法ですが、まったくばらばらという
 わけではありません。1日に2度、両者が一致する瞬間があります。それは

  子の正刻(正子) = 暁九ツ
  午の正刻(正午) = 昼九ツ

 です。この関係は1日の中で

  『夜明け~正午までの時間 = 正午~日暮れまでの時間』

 となりますから、昼の時間の真ん中から始まる昼九ツは正午に一致すると考
 えれば理解しやすいと思います(正子と暁九ツの一致も同様)。

 定時法と不定時法とでは、その仕組みは大きく異なりますが、まったく一致
 点がない時法ではありません。

◇時刻の呼び名の混乱
 江戸時代の定時法と不定時法の基本を書いてきました。
 両者が一致する瞬間はあるとはいえ、これだけ違う2つの時法が、並行して
 使われていたのですから、混乱してしまうのも無理からぬことです。

 しかも、さらに混乱に拍車をかける問題がありました。
 それは「時の呼び名」です。

  「辰の刻」って、不定時法では何時?

 といわれても、すぐには答えられません(季節変化は考えなくとも)。
 江戸時代の皆さんだって、そうだったでしょう。
 そこで、便宜的に

  子の時はよるの九つ  丑の時はよるの八つ
  寅の時はよるの七つ  卯の時はあさの六つ
  辰の時はあさの五つ  巳の時はひるの四つ
  午の時はひるの九つ  未の時はひるの八つ
  申の時はひるの七つ  酉の時はばんの六つ
  戌の時はよひの五つ  亥の時はよるの四つ
 (寛永九年刊「大雑書」、「十二時のくりやうの事」より)

 のように、大体同じ時間帯を表す定時法での呼び名と不定時法の呼び名を対
 応させて使うようになりました。ここでは定時法の呼び名を対応する(とい
 っても、本当は1時間くらいずれている)不定時法の呼び名に置き換える形
 で書かれていますが、当然逆に使う場合もあって

  明六ツ = 卯の時(または、卯の刻)

 のように使う場合もあります。
 こうなってくると「卯の時」といわれても、それが定時法の「卯の刻」の意
 味なのか、不定時法の明六ツの便宜的な呼び名なのかわかりません。
 使われた場面や、使っている人、あるいは前後の出来事などなど、考慮しな
 いと正しい意味が読み取れないのです。

 それどころか、「卯の時」という言葉を使った人自体が、よくわからないま
 ま使っているということも多かったようです。

 「あやふやなままで使うなんて、ありえない!」と思うかもしれませんが、
 ありえたようです。江戸時代には度々誤った使い方をしないようにと、注意
 喚起する文書や本が出ています。こうしたものが度々出されたということは
 それだけ、誤った使い方が多かったということでしょう。

 また、例に挙げた「大雑書」の記述は、定時法と不定時法のおよその対応を
 便宜的にはかったものなのでしょうが、この文を鵜呑みにしてしまうと

  「子の刻」の始まりと「よるの九つ」の始まりは同じ

 というような、新たな誤解も生みだします(この誤りも、江戸時代に既にあ
 ったようです)。

◆たろうさんの質問への答え
 江戸時代の二つの時法の基本を押さえたところで、ようやく質問への答えで
 すが、ここまで基本を押さえていただければ、答えは自明ですよね?

 【質問1】
   昼夜の区切りは明六ツ(卯の[正刻])、暮六ツ(酉の[正刻])になりますが
   そうなると卯の刻は前半が夜時間、後半が昼時間(酉の刻 はその反対)
   となり、他とは違う特別な長さの刻になるということでしょうか。

 質問では『明六ツ(卯の[正刻])、暮六ツ(酉の[正刻])』となっていますが、
 明六ツは卯の正刻ではありませんし、暮六ツも酉の正刻と関係がないので、
 卯の刻や酉の刻の長さが、前半と後半で異なることはありません。

 また、この質問の「卯の刻」ということばが、明六ツを便宜的に言い換えた
 ものだとしても、その場合は

  「卯の時はあさの六つ」

 という言い換えということで、明六ツそのものですから、やはり前半後半で
 長さが変わるということはないことになります。

 【質問2】
   昼夜の調整が行われるのは二十四節気が変わる日の 子の正刻 になるの
   かなと思いますが、その場合、前日が終わる直前と日が変わった直後と
   でズレが生じる(ちょっと飛んだり戻ったり)のではないかと思うのです
   がどうなのでしょうか。

 夜四ツと暁九ツは連続しており、通常は長さも同じですが、二十四節気が変
 わる前後では、この二つの長さが異なるのはおっしゃる通りです。
 時計の歩度調整ということで考えると、現代でこれに類似するものとしては
 閏秒の調整が挙げられるでしょうか。

 現在は、不定時法を使っていないおかげで、こうした調整を頻繁に行う必要
 がないのは、幸いですね。

 以上、「江戸時代の不定時法についての質問(2)」でした。
 書き始めた時には、こんなに長くなるとは思いませんでしたが、いかがでし
 たか? たろおさんや他の読者の皆さんの参考になれば幸いです。
 (長くなりすぎて、ちょっと疲れたかわうそでした)

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