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■明治改暦の太政官布告の「蛇足」の話 現在私たちが日常で使っている暦は明治6年から使われています。 明治 5年12月2日までは江戸時代に使われていた天保暦がそのまま使われて おり、これが現在旧暦と呼ばれる暦のもとになっています。 この旧暦から新暦への切り替えの改暦を、他の改暦と区別するために「明治 改暦」と呼ぶことがあります。 本日は、この改暦で旧暦時代の最後の日付となった12月2日と同じ日付とい うことで思い立って、明治改暦の元となった改暦に関する太政官布告にまつ わる話を一つ書いてみることにしました。もっとも、本日の話は正面切った ものというより、この太政官布告に書かれた余計な話、蛇足の話にまつわる ものです。 ◇改暦に関する太政官布告とその間違いについて 現在私たちが使っている暦(新暦)の根拠となる法律は明治5年11月9日に出 された「太政官達第三百三十七号」です。この明治5年の年月日は当然、旧 暦による日付です。こんな古い法令なのですが、今以て健在。新暦使用の根 拠となる法律です。 この法律には、新しく採用される暦(つまり「新暦」)となる太陽暦につい ての解説が入っているのですが、この解説には間違いがあります。その間違 いの箇所を抜きだしたのが以下の文面です。 太陽暦ハ、太陽ノ躔度ニ従テ月ヲ立ツ、日子多少ノ異アリト雖モ、季候 早晩ノ変ナク、四歳毎ニ一日ノ閏ヲ置キ、七千年後僅ニ一日ノ差ヲ生ズ ルニ過ギズ。 要は、太陽暦(新暦)はとっても正確でいい暦だよといいたくて書いたわけ ですが、この短い解説の中に間違いがあります。それは 1.四歳毎ニ一日ノ閏ヲ置キ 2.七千年後僅ニ一日ノ差ヲ生ズルニ過ギズ の2つです。 このうちで、実生活において重要な間違いは1の、4年ごとに1日の閏日を置 くということ。この解説のとおりだとするとこの暦は現在使われているグレ ゴリオ暦ではなくて、グレゴリオ暦の前身であるユリウス暦になってしまい まいます。これだと閏年となる年の配置が変わってしまうので、現実的な問 題が生じます。 ということで、この現実的な問題は後に修正されることになります。 間違いの与える影響の深刻さではこの1番が2番に比べて圧倒的に大きいので すが、実は本日採り上げようとする話は、影響の大きな1番ではなくて2番の 方の話です。 ◇太政官布告の「蛇足」 今回の採り上げる2番目の間違いの箇所をもう一度見てみましょう。 2.七千年後僅ニ一日ノ差ヲ生ズルニ過ギズ この部分は、実は暦の運用には何の役にも立たない記述です。なぜ書かれた のかといえば 「新しく採用する太陽暦は7000年後わずかに1日の差を生じるだけという 正確な暦なんだよ」 と、新暦の正確さをアピールする為だったのでしょう。 「文明開化の世の中だから、これからはこんなに正確で合理的な暦を使うこ とにしましょうね」といいたかったのでしょうが、すでに書いた通りで、こ の部分の記述は現実の暦の運用には何の関係もありません。言ってみれば書 かなくたっていい「蛇足」の文章なのです。 蛇足の文章だからといって、書いちゃいけないわけではないのですが、書い てしまったこの文章の中身が間違いだったのが痛いわけです。余計なことを 書かなければ、こんな恥ずかしい間違いを指摘されることもなかったのに。 ◇何が違っている? この太政官布告の内容での1年の長さと、現在の天文学的な1年(太陽回帰年) の長さを比べてみましょう。 太政官布告では閏年が4年に1日の閏日を置くことになりますから1年の平均の 日数は 太政官布告の一年 365.2500 日 (= (365 × 4 + 1) / 4) となります。これを天文学的な1年の日数と比較すると 天文学的な一年 365.2422 日 一年の長さの差は 0.0078 日 (約 128年に 1日の誤差) となります。太政官布告では「7000年後に1日の差」となっていますが、こ の計算だと128年で1日の差が生じてしまいます。全然違いますね。 この間違いの大部分は1番目の間違い(閏日の置き方をグレゴリオ暦方式で はなく、うっかりユリウス暦方式の4年に1度と書いてしまったこと)に由来 するので、今回はこの間違いは許してあげて、グレゴリオ暦方式で計算し直 してあげましょう。その結果で書き直すと グレゴリオ暦の一年 365.2425 日 天文学的な一年 365.2422 日 一年の長さの差は 0.0003 日 (約3000年に 1日の誤差) となります。差が大分小さくなりましたね。でも、その差は7000年に1日の 差ではなくて、3000年に1日の差・・・。あれれ? 改暦当時の天文学的な一年の長さが現在ほど精密でなかったとも考えられま すが、この当時に既に使われていた英国の航海暦等では1年を365.242216日 としていましたから、そうした問題とは思えません。 ではなぜ7000年に1日の差なんて書いてしまったのか? これはどうやら改 暦詔書作成時に参照した文献に誤りがあり、それをそのまま信じた結果のよ うです。国立天文台の伊藤節子氏の指摘によれば、この数値は市川斎宮とい う人物が 「一年の長さは『365日5時間49分弱』」 と端折ったものだろうとのこと。これは日単位で表せば約365.24236日とな ります。太政官布告のとおり7000年に1日の差だとすれば、太政官布告が想 定した1日は、約365.24234日となりますので、数値的には妥当なようです。 (『・・・49分弱』とあるので、365.24236日より少し短いと考えれば、一 致していると言えるでしょう) 明治改暦は、諸事情(多分一番大きな事情は、財政難だったと思われます) のために、十分な準備もないまま、大急ぎで行われた節がありますので、そ の作業の中で、十分に数値の吟味が出来なかったのかもしれないのですが、 書かなくてもいい「7000年後に1日の差」なんていう蛇足の一文を入れなけ れば、後世の私のようなもの好きに、重箱の隅をほじくり返されることもな かったのに。 「余計なことはしない」、これが一番いいみたいですね。 以上、12月2日という日付からふと思い出した、『明治改暦の太政官布告の 「蛇足」の話』でした。
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