暦と天文の雑学
http://koyomi8.com/reki_doc/doc_1590.html
十二月十二日の逆さ札
京都や奈良など、関西地方を中心に
十二月十二日
と書いた(縦書きね)紙を上下逆さにして、壁に貼る「逆さ札」という風習があります。貼る位置は基本的に壁の高いところ(天井に近いところ)。
これを貼ることによって、泥棒の被害を免れるという呪(まじな)いの一種です(民間に伝わる俗信ですから、科学的な根拠などはありません。悪しからず)。
なぜ、「十二月十二日」という日付を書いた紙を逆さにして貼ると盗難よけになるのかというと、この日付は天下の大盗賊としてその名を残した石川五右衛門が京都の三条の河原で釜茹でされて刑死した日付だからだとか。泥棒が家に忍び込もうとしたときに、この日付を見れば
「あ、捕まったら俺も釜茹でか!」
と恐れて、盗みをあきらめるからだとか。
この風習が、関西の一部に残っているのは、やはり石川五右衛門が京都一帯を荒らし回り、処刑も京都の三条河原だったということで、関西では印象が強かったのでしょう。
壁の天井に近い場所に逆さにして貼るのは、天井から忍び込もうとしたときに目に入って、すぐに「十二月十二日」と読めるようにという泥棒への配慮(?)です。それくらいで思いとどまる泥棒ばかりなら平和でいいんですがね。それに、夜は暗いですから文字に気がつかないかも・・・なんて考えちゃいけません。呪いですから。
◇石川五右衛門の刑死の日付?
もっともらしい話を書いてきたのですが、ここで問題が一つ発生しました。
ウィキペディア(日本語版 2025.12.12現在)で「石川五右衛門」を調べるとそこには
「石川 五右衛門(いしかわ ごえもん、生年不詳 - 文禄3年8月24日 <1594年10月8日>12月12日とも)は、安土桃山時代の盗賊の首長。文禄3年 に捕えられ、京都三条河原で煎り殺された。」
※Wikipedia(日本語) 石川五右衛門
あら命日が12月12日じゃない・・・異説の一つとして12月12日もあるようなので一応は大丈夫かなとは思いますが、主流の説ではなさそう。そこでもう一つ「もっともらしい説明」があります。それは
十二月十二日は石川五右衛門の誕生日
というものがそれ。誕生日の日付がひっくり返されているので、誕生日の反対は命日と連想させるのだというもの。石川五右衛門に結びつけたいお気持ちは分かりますけど、ここまでくると捻りすぎのようにも感じますね。張り紙を見た泥棒がそこまで思い至ってくれなければ、何の意味も無いのに(それを言えば12月12日が本当に命日だとしても、それを知らない泥棒には効果なしですけど)。
個人的には、それ以前に何かの呪い、行事があって、後からそれらしい理由づけとして石川五右衛門の話をくっつけたんじゃないのかなと考えています。また、「十二月十二日」と月と日が重なると覚えやすい日だからという理由も考えられます(この辺は、五節供の日付の重日思想にも通じます)。
◇「火災除けの日」のお呪い
私の出身県、福島県の会津地方の一部には、この逆さ札が火災防止、火除けの御札となっています。その理由は、十二月十二日を逆さにして
「日二十月二十 (ヒにとおく ツキにくい)」
と語呂合わせ出来るからだとか。「ヒ(火)にとおく」は分かるんですが、「ツキ(点)にくい」とは読めるかな?
まあ、十二月十二日と書いた紙を逆さに貼るだけで、泥棒避けになり、火除けにまでなるなら、試してみても損はないかもしれません。もちろん、俗信の類いですから
「信じるか、信じないか、それはあなた次第」
ですよ。
余談かっこいい逆さ札
今回の記事を書いている最中に、かっこいい逆さ札の写真を見つけました。
大阪市にある、少彦名神社の逆さ札です。
※外部サイト 少彦名神社の逆さ札
いいな、このお札。
大阪か・・・。お札もらいに行こうかな?
ちなみに、ご祭神の少彦名命の神は大国主命とともに日本の国造りを行った知恵の神・薬の神です。
※更新履歴
初出 2025/12/15
京都や奈良など、関西地方を中心に十二月十二日
と書いた(縦書きね)紙を上下逆さにして、壁に貼る「逆さ札」という風習があります。貼る位置は基本的に壁の高いところ(天井に近いところ)。
これを貼ることによって、泥棒の被害を免れるという呪(まじな)いの一種です(民間に伝わる俗信ですから、科学的な根拠などはありません。悪しからず)。
なぜ、「十二月十二日」という日付を書いた紙を逆さにして貼ると盗難よけになるのかというと、この日付は天下の大盗賊としてその名を残した石川五右衛門が京都の三条の河原で釜茹でされて刑死した日付だからだとか。泥棒が家に忍び込もうとしたときに、この日付を見れば
「あ、捕まったら俺も釜茹でか!」
と恐れて、盗みをあきらめるからだとか。
この風習が、関西の一部に残っているのは、やはり石川五右衛門が京都一帯を荒らし回り、処刑も京都の三条河原だったということで、関西では印象が強かったのでしょう。
壁の天井に近い場所に逆さにして貼るのは、天井から忍び込もうとしたときに目に入って、すぐに「十二月十二日」と読めるようにという泥棒への配慮(?)です。それくらいで思いとどまる泥棒ばかりなら平和でいいんですがね。それに、夜は暗いですから文字に気がつかないかも・・・なんて考えちゃいけません。呪いですから。
◇石川五右衛門の刑死の日付?
もっともらしい話を書いてきたのですが、ここで問題が一つ発生しました。
ウィキペディア(日本語版 2025.12.12現在)で「石川五右衛門」を調べるとそこには
「石川 五右衛門(いしかわ ごえもん、生年不詳 - 文禄3年8月24日 <1594年10月8日>12月12日とも)は、安土桃山時代の盗賊の首長。文禄3年 に捕えられ、京都三条河原で煎り殺された。」
※Wikipedia(日本語) 石川五右衛門
あら命日が12月12日じゃない・・・異説の一つとして12月12日もあるようなので一応は大丈夫かなとは思いますが、主流の説ではなさそう。そこでもう一つ「もっともらしい説明」があります。それは
![]() 石川五右衛門の処刑の図 一陽斎豊国(1786–1865) 画 |
|---|
というものがそれ。誕生日の日付がひっくり返されているので、誕生日の反対は命日と連想させるのだというもの。石川五右衛門に結びつけたいお気持ちは分かりますけど、ここまでくると捻りすぎのようにも感じますね。張り紙を見た泥棒がそこまで思い至ってくれなければ、何の意味も無いのに(それを言えば12月12日が本当に命日だとしても、それを知らない泥棒には効果なしですけど)。
個人的には、それ以前に何かの呪い、行事があって、後からそれらしい理由づけとして石川五右衛門の話をくっつけたんじゃないのかなと考えています。また、「十二月十二日」と月と日が重なると覚えやすい日だからという理由も考えられます(この辺は、五節供の日付の重日思想にも通じます)。
◇「火災除けの日」のお呪い
私の出身県、福島県の会津地方の一部には、この逆さ札が火災防止、火除けの御札となっています。その理由は、十二月十二日を逆さにして「日二十月二十 (ヒにとおく ツキにくい)」
と語呂合わせ出来るからだとか。「ヒ(火)にとおく」は分かるんですが、「ツキ(点)にくい」とは読めるかな?
まあ、十二月十二日と書いた紙を逆さに貼るだけで、泥棒避けになり、火除けにまでなるなら、試してみても損はないかもしれません。もちろん、俗信の類いですから
「信じるか、信じないか、それはあなた次第」
ですよ。
余談
大阪市にある、少彦名神社の逆さ札です。
※外部サイト 少彦名神社の逆さ札
いいな、このお札。
大阪か・・・。お札もらいに行こうかな?
ちなみに、ご祭神の少彦名命の神は大国主命とともに日本の国造りを行った知恵の神・薬の神です。
初出 2025/12/15
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