こよみのページこよみのページ
かわうそ日記
夏の花咲いた  (2008.7.10[木])

夏の花フェンスの向こうに朱い色があった。
夏になると彼方こちらの草むらから顔お出し、
一面の緑の中に朱い色を落とす鬼百合の花が咲いたのである。

フェンスの向こうには狭い畑地を挟んで雑木の山が広がっている。
梅雨の間たっぷりと水を吸い、
そして今は梅雨明け間もない夏の陽射しをたっぷり受けて
木の葉の緑は一年で一番深い色合いである。

みっしりと緑の詰まったフェンスの向こうの風景の中に
一点の朱い色を落として、今年も鬼百合の花が咲いていた。
近寄ると咲いたばかりの鬼百合の花に、
黒いアゲハがとりついていた。

花の時間は短い。
アゲハは花をのんびり眺めている時間なんて無いと言わんばかりに
羽を小刻みに動かしながら
忙しく動き回っていた。


なんだか妙に  (2008.6.21[土])

夏至の日、雨は止んだ。
梅雨の長雨も一年で一番陽射しの強いこの日には遠慮しているのか、数日来降り続いていた雨粒は地上へは向かわず、天空に留まったまま。
とは言え、空の支配権はあいかわらず雲のもので、青い空はどこにも見えない。

垂れこめる雲ただ、低く低く垂れこめた雲の底がに白く光り、見上げる目にまぶしい。
曇り空の下にあっても、いつもとは違う明るさの中にいるようだ。
夏至の太陽の光は雲を抜け、ショッピングセンターの看板を照らしている。

照らし出された看板の鮮やかな赤と、垂れこめた雲に覆われた山のくすんだ緑のアンバランスな取り合わせだけが、妙に心に残った夏至の日であった。


肩を並べて  (2008.6.19[木])

夕方帰って来ると、カメが暴れていました。
いつもは夕方には早々と自前の布団、甲羅にくるまって寝てしまう奴らが今日に限っては、元気いっぱいに暴れていました。
彼らが暴れるのは、

 「腹減った、
  誰でもいいから
  餌をくれ!!」

と訴えるときと相場が決まっています。
短い手足をばたばたさせて暴れるこの状態を我が家では、

 誰でもいいから、餌くれダンス

と呼んでいます。
今日は珍しく夕方もこのダンスを踊っていたのでした。
そんなに踊ったらもっとお腹は空くだろうに、彼らは一所懸命ダンスしています。
その健気さに免じて、お八ツをやることにして、水槽の上から乾燥川エビを撒いてやりました。
川エビが撒かれたことに気が付くまで、トモノリは 5秒。
食い意地が張っているくせに何処か抜けているタツノリは20秒。
知恵の差15秒?
それでも川エビを水槽に落としてから30秒後には二匹は並んで一心に水面に浮かんだ川エビをパクついていました。
(ちなみに、トモノリ・タツノリはカメの名前です)

そしてその30分後の姿がこれです。二匹の甲羅干し
川エビを食べている間、水面を照らすように日光浴用のライトを点けておいたのですが、お八ツでお腹が膨らんだカメたちは二匹並んで幸せそうに、二匹並んで甲羅を干しておりました。

ちょっとだらしなく伸びたタツノリ(左側のカメ)の後ろ足が、彼らのリラックスの度合いを示しています。

お八ツを食べ終わっていたら明かりは消しておこうと思ったのですが、二匹のこの幸せそうな姿を見ては、ライトを消すことが出来ません。

 あと、1時間だけ

ライトはそのままにしておきました。
ちなみに、現在の彼らの大きさですが、
背景に映り込んでいるスリッパの大きさから見当をつけて下さい。
トモノリ は5才、タツノリ は4才。
大きくなったものです。


田の水、温む  (2008.4.28[月])

「お兄ちゃんを迎えに行こう」

そう言って、タツと一緒に駅に向かった。
駅までは近道を通れば大人の足で 5分。小学一年生のタツの足なら10分と言うところだ。
次に電車が駅に着くまであと 7分。
ちょっと間に合いそうにないか。

駅までは田んぼの間の農業道路が近道。
区画整理された田んぼの間を縦横に走る舗装道路。
田んぼの間の道としては味気ない道だが、車の往来はほとんどなく歩きやすい道である。
それに味気ない舗装道路と道路の間には、まだ味のある田んぼのあぜ道も残っている。

タツの兄ちゃんは朝から電車で10分程離れた友達の家に遊びに出かけていた。
夕方には帰ってくると言っていたから、次に駅に着く電車に乗っているはず。
日に何本かしか電車が止まらない田舎の駅だから、連絡がなくても乗る電車はわかる。
タツの足に合わせて、駅までの近道を10分。さらに途中であぜ道道へとそれて道草を喰ってしまったから、駅の大分手前を歩いている間に電車は駅に着いてしまった。
ちょっと遅れすぎたか。
駅の方からは電車に乗っていたとおぼしき人の乗った自転車が走り出てきた。

まあ家に帰るには、どうせこの道を通るはずだから、このまま歩けば兄ちゃんにはそのうち会える。
そのままタツと二人で歩き続け、タツの兄ちゃんに出会えないまま家を出てから15分後に駅についてしまった。
心配になって家に電話すると、兄ちゃんは既に家にいた。
何の事はない、遊びに行った友達の家の人に車で送ってもらったそうだ。

「兄ちゃんは家にいるって」

というと、「エーッ」と声をあげたタツだけれど、そんな声をあげたくせに表情はちっとも残念そうでなかった。

田毎の夕日タツと二人で駅に向かってきた道を、またタツと二人で引き返す。
ブラブラと二人で歩いていくと、舗装道路とあぜ道が交差する場所で、タツがあぜ道を指している。

「こっち行こう」

夕暮れの田んぼとあぜ道。
舗装された近道より、回り道のあぜ道に惹かれるタツと二人で道草喰い喰い歩いて帰る。
タツも私と同じで、道草喰いに育って行くようだ。

二人の足音に驚いて蛙たちが田んぼに逃げ込む。
蛙たちが逃げ込む先の田んぼの水に目をやれると、一日働いたお日様が逃げ出した蛙と同じ田んぼの水に、ちょうど飛び込むところだった。
お日様が飛び込んで、田んぼの水はまた少し温んで明日を迎えるのだろう。


気の早い春と、のんびりした秋  (2008.1.20[日])

フキノトウところによって、季節の様相はいろいろです。

今日、宮城の三日月さんからフキノトウの写真が届きました。
一緒に届けられた写真には、草の葉に咲いた霜の花が写っていました。

東北では連日雪が降り、霜が降り続いているはず。
冬まっただ中。霜の花がよく似合う季節です。
それなのに、同時にフキノトウの写真とは。
気の早い春がフキノトウの姿となって顔をのぞかせたのでしょうか。
カラスウリ
和歌山はと言えば、和歌山なりの冬の時を過ごしていますが、それでも北国の冬とは大違い。氷が張ることも希で、霜が降りることもほとんど無く、ましてや雪が降り積もることなどまったくないまま、和歌山なりの冬が過ぎようとしています。

あまり冬らしくない和歌山の冬が過ぎようとする頃、山には秋に実をつけるはずのカラスウリが、赤い実をつけたまま枯れていました。
のんびりした秋の忘れ物です。

気の早い人もいれば、のんびり屋の人もいるように、
それぞれの場所のそれぞれの季節にも、
気の早いものと、のんびりしたものとがいるようです。


ページトップ by かわうそ@暦 (PV since 2008.7.8) Powered by HL-imgdiary Ver.3.00